「僕は先生と呼ばせていただきます。」 新しい街に辿り着き、優しい人の名を教えて貰ったが僕は〈先生〉と呼ぶことにした。 ザザデルドは王都から東に位置する街で、僕の住んでいた貧しい村とは比べ物にならないほど栄えていた。 ガタガタと揺れる荷馬車から外を見ると城壁に囲まれた街に入ると道は石畳で舗装されていて、頑強な白い壁の背の高い家々が並んでいる、「ここでは無い、何処かに行こうか？」の言葉通りに違う世界へ来てしまった。 荷馬車の幕を捲り外を見ている僕へ先生が声を掛けた。 「どうだい？、美しい街だろう？、ザザデルドは東西の交易で栄えた街、今は隣国との紛争で衰えも見えるがイルハン王国の東の要所だ。」 「はい、こんな綺麗な場所に連れて来てくれて有難うございます、しかも僕の家にお金まで払ってくれて…」 「人を雇うとは対価が発生するもの、当然の事だよ、ドルナード君。」 「僕に出来る事はなんでもします、…先生。」 「ふふ…先生ね、カルネラが私の名前だよ、私の事を先生と呼ぶのはリオンと聖歌隊の少し子供達だけだ、まあ、好きに呼んでいいよ。」 「僕は先生と呼ばせていただきます。」 二十代の半ばと見られる先生は金髪で薄青の瞳の美しい顔立ち、何をしていても笑みを絶やさない人だった、男性なのに柔らかい口調でにこやかに話を進めて僕をザザデルド教会で雇う話しをまとめた。 大木に引っ掛かった木綿のヴェールを取り戻す事は出来なかった話しが、僕をザザデルド教会で雇う話しになるのか分からなかったが、先生が賃金を支払う話しをし始めたら父親の顔が輝き、そのまま今に至っている。 一人だけ生き残った姉との別れは悲しくて涙が出たが、役立たずとして村で生きるよりは良い選択、身一つで家を後にした。 僕に声を掛けてくれた先生が優しい人だと思った、不安はあるけど従い働くよりは他は無い、肌が弱くて目元しか出せない僕に褐色の肌の少年リオンが話しかけたて来た、僕と同じ年頃だろうか、肌色からして混血で左目には義眼とみられる白水晶が嵌め込まれている、黒い柔らかそうな猫毛の髪、見かけより高い声音で言葉を掛けられる度に緊張する。 「なぁ、お前、それずっと被ってないといけないのか？」 「陽が高い内は…、夜は大丈夫なんだけど…」 「色々と面倒だな、先生っ、コイツに何の仕事させるんだ？」 リオンの迷惑そうな様子に怯える僕、荷物を背に座る先生が軽く微笑みながら「特に考えてはいないんだけど、聖歌隊には入ってもらうよ、仲良くしてあげてよ、リオン!」と無責任な事を言い放つから「おいらに面倒見ろって言うのかっ？」と盛大に喚かせた。 歌など歌った事も無いのに聖歌隊に入ることになった僕、村の教会で聞いた少年達の澄み切った歌声を思い出した、深くヴェールを被って居たのでよく見ることは出来なかった、リオンも歌っていたのだろうか？、チラと横目で見ると「歌なら、おいらが一番なんだぜ!」と誇らしげに言うから歌って居たのだろう、先生が二人に増えたようだ。 街に入り暫くすると幾つもの建物が連なる大きな教会の敷地に入り馬車が止まった、ザザデルド教会はイルハン王国の五指に入る大きな教会で東部と北部の人民から絶大な支持を集めている。 朝早くに村を出て丸一日、空は茜色に染まっている、白いガウンの先生がヒラリと荷馬車を降り僕とリオンを下してくれた、先に着いた数台の馬車から降りた少年達は家族が迎えに来ている様で楽しそうな声を上げていた、荷馬車に乗っていたのは僕達だけ、「荷物を下すから下で受け取ってくれるかい？」と先生の声でリオンと二人で荷を下ろしていると先生と同じ装いの初老の男が駆け寄って来た。 「カルネラ、やっと帰って来たか、待ちわびたぞ!」 「司祭様お久しぶりです、今回は北の村々へ慰問に行きましたので少し長く留守にいたしましたね。」 「寄付を望めない所にばかり行って何になる、好きにはさせておるが余り目に余るようだと旅はさせないぞ!」 「…お怒りはごもっともです、私が居なくて寂しい思いをさせてしまったのですね、償いは今夜にでもお伺いしますよ。」 「…!!、人前で何を言うかっ、カルネラ!」 「では、今日は休ませていただきます。」 「あ、いや…、待っておる…」 「では、夜半に…」 先生が笑みを浮かべる中、赤くなったり青ざめたりと忙しく顔を変えた司祭は去って行った、司祭の影が見えなくなってから暫くして数人の男達が現れ僕達の荷下ろしを手伝い始めた、先生と同じ装いだからザザデルド教会の人達だろうか、大人の力で次々と運び出される荷物を前に体の小さい僕達は「邪魔だ!」と言われ隅に追いやられてしまった。 所在なく立ちすくむ僕達に先生が優しい目を向けて頭を撫でた。 「君達の手伝いだけで十分だったのに、彼らはどうしても手伝いたいようだよ、私は暫く帰れないら、リオンはドルナード君のお世話を頼むね。」 馬車置き場で馬が外されると、空になった荷馬車の中に乗り込む男達、「早くしろ!、カルネラ!」と呼ばれ苦笑いを浮かべ荷馬車の幕を上げる先生を後に僕達は教会へ向かった。