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第28話

 体育教師がホイッスルを吹き鳴らした。出席番号一番の相原と二番の宇野がスタートを切っても、さらにゴールしたあとも空良は突っ立ったままだった。  当然のごとくタイムを測りそこねて、 「ボケ。ガチでやれ、ガチで」  記録係の大和にクリップボードで頭をはたかれた。 「はい、死ぬ気でやります! 相原くん、宇野くん、ごめんね。もういっぺん走ってもらえる?」 「たりぃけど、仕方ねぇなあ……」  ……拝むポーズが可愛いのに免じて、という部分はごにょごにょと濁したにもかかわらず、大和のレーダはしっかり捉えた。  すなわちクラスメイトに申し渡している〝小沢空良に色目をつかうことを禁ず〟に抵触した疑いが濃厚だ。だいたい、こいつら欲望ぎらぎらの目つきでタイツに覆われた美脚をガン見している。よって情状酌量の余地はなし。  大和は速やかに刑を執行した。偶然を装って相原を突き倒し、宇野には膝カックンを食らわせた。 「大丈夫? 痛いの痛いの飛んでけ、する?」  天使の笑顔の威力はすさまじい。相原も宇野も一秒で復活すると、軽やかな足どりでスタート地点へ戻った。独裁国家で禁制品が密かに出回るように、空良は最近、二年四組のマスコットとこっそり呼ばれているのだ。  と、大和が空良を()めつけた。 「おい、なんでストップウォッチを押し忘れんだ。ぼけっとしてた理由を言ってみろ」 「よそ見……なんか、してない、してないよ。三年一組の教室なんて眼中にないんだから!」  ごまかしきれた、と思ったのは甘い。  ストッキングに穴をあけられて、ぴょこっと顔を出したペニスに射精遮断機能つき快感無限リングを嵌められる運命が待ち受けていた──のは別の話で、空良と大和が走る順番が回ってきた。  空は澄み渡り、葉桜が彩りを添える。アンツーカーに練り込まれた石英の粒が、きららかに輝く。  空良は、スタートラインの手前で手首と足首をぶらぶらさせた。タイツの皺を伸ばして隣を見やる。 「ちい兄ちゃん、お手柔らかにね」  大和は鼻歌交じりに膝を曲げ伸ばしした。気の毒だが、ぶっちぎりで俺の勝ちだ。

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