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第29話
位置について、ヨーイ、の合図で、ふたりはトラックに手をついて前傾姿勢をとった。ピーッ! と鳴り渡った瞬間、同時に駆けだした。
楽勝、と舐めてかかる反面、大和はストライド走法でぐいぐい飛ばす。
対する空良は回し車で遊びたおすハムスターさながら、ちょこまか走って歩幅の差を補う。それは、チョ〇Qがラジコンカーに勝負を挑むような光景だ。栗色がかった髪をなびかせて走る、走る。
白線で区切られた、まっすぐなコースを追いつ追われつ駆け抜ける。〝空良くんガンバレ〟コールが自然発生的に湧き起こり、そして番狂わせが起こった。デッドヒートを演じたすえに、僅差で決着がついた。
空良は万歳した。ぴょんぴょん飛び跳ねた拍子に体操服がめくれて臍 がちらつき、一部のクラスメイトがオカズとして重宝した。
「やったぁ、ちい兄ちゃんに勝った!」
「くっ、屈辱だ。ありえねぇだろうが」
大和ががっくりと膝をついた折も折、三年一組の教室でもシャープペンシルを取り落とした生徒がいた。
誰あろう当麻だ。彼は自分の顔がうっすらと映る窓ガラス越しに、たまたまグラウンドを眺めやり、バンビのような走りっぷりに目を奪われた。
たかが一下級生に魅せられるなど、珍事以外のなにものでもない。ただ、おっとりした話しぶりも相まって、小沢空良は運動音痴というイメージがあった。現役バスケ部員の小沢大和に競り勝つとは大したものだ、と思う。
いい意味で裏切られた。監視対象にすぎなかった小沢空良に、その枠からはみ出す興味がにわかに湧いた。
さて、つづいて六時限目。二年四組は夏至祭の演目決めに、ひとコマ充てていた。
「スローガンは〝最優秀クラス賞〟だ。何をやればウケると思うか、どしどし提案してほしい」
クラス長が教壇の上からそう呼びかけると、さっそく活発に意見が飛び交う。大喜利、奇術ショー、いっそ歌舞伎──等々。
もっとも一案の類いはすべてフェイクで、有志によって根回しが行われていた。
そのリーダー格は野口と金子だ。コンビは満を持して、それでいて牽制球でランナーを刺すピッチャーよろしく空っとぼけて、切り札を出した。
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