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第33話

 ふっ、と意識が遠のいた。しなやかな手がすかさず背中を支えてくれると、躰の中に熔鉱炉が建設されたように、全身がぐずぐずに蕩けてしまいそう!   焦って飛びのいたはずみにトートバッグを取り落とし、軽いものが割れる音がくぐもった。 「クッキー! 献上品のクッキーが!」  空良はあわててトートバッグを拾い、開いて、ラッピング仕様の紙袋がいびつにへこんでいるさまに、しゅんとなった。  チョコチップでクマの顔を描いたクッキーも、星を(かたど)ったクッキーも、案の定ひび割れたり砕けたりしている。 「先輩に約束したとおり焼いてきたのに……」  しおしおとトートバックに戻すそばから、紙袋がさらい取られた。当麻が幾何学模様を成す欠けらをひとつつまんで、口許をほころばせた。 「隠し味はショウガか? きみはお菓子作りが得意なんだな、ぴりっとして美味しい」 「でもぉ、蜂蜜増量のもナッツを練り込んだのも、ごちゃ混ぜになっちゃいました」 「いや、脳トレにちょうどいい」  事もなげにフォローすると、焦げ目のつきぐあいを手がかりに破片をより分ける。そしてジグソーパズルのピースをはめていく要領で復元作業に励む。  心の中で感動の嵐が吹き荒れた。空良はちょこんと正座して、真剣みにあふれた横顔を見つめた。  これが大和なら、マヌケのひと言で片づけてクッキーはゴミ箱に即ポイかもしれない。無敵王子、と崇め奉られるだけのことはある。当麻は慈悲深くて人間の器が大きくて断然、憧れちゃうのだ。  いそいそとにじり寄り、破片を()めつ(すが)めつしはじめた。 「こっちの三角形は、猫ちゃんクッキーの耳です」 「なるほど。では、このパーツの三本線は髭だな。ほら、断面が合う」  と、いった調子で恐竜の骨格標本を組み立てるように、額を突き合わせて丁寧に破片を()ぎ合わせていく。  ときおり指がぶつかり、するとリトマス試験紙に酢酸をひとしずく垂らしたように、あどけない顔がたちまち赤らむ。

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