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第55話

 大和がぶすったれていた折も折、ふた組の靴音が藤棚へと近づいてきた。  大和が捜索隊を派遣! 捕獲! 巣穴に逃げ込むプレーリードッグさながら、空良は造りつけのベンチの下にもぐり込んだ。小柄なのが幸いして、かくれんぼは得意だ。  視界は細長い長方形に切り取られて、その、せせこましい枠に二足のローファーが映り込む。  本当に捜索隊かもだから気配を悟られないようにして、やり過ごそう。息を殺して様子を窺う先で、思いもよらない光景が繰り広げられた。  片方の生徒が、うわずった声で切り出す。 「俺、ずっと前から先輩のことが好きで。迷惑なのはわかってるけど、お願いです。好きでいさせてください」  好き、と素っ頓狂な声をあげてしまう寸前、空良は両手でパッと口許を覆った。もしかして、もしかするとリアル〝告る〟に行き合わせちゃった?  LGBTに関する知識はあっても、AくんがBくんに恋心を抱くのは遠い世界の出来事にすぎなかった。  目から鱗で、にもまして玉砕覚悟で気持ちを打ち明ける勇気に感動したのはさておいて。指一本動かせない状況に、甲羅に隠れる亀と化してますます縮こまった。 〝先輩〟は真摯な想いにどう応えるのだろう。果たしてイエスかノーか、ノーかイエスか。  二足のローファーのうちの手前側は散り敷かれた花びらを踏みしだき、向こう側のそれはぴくりともしない。  緊張感が伝染して手汗がすごい。まばたきをするのさえ一瞬忘れて、そのとき優しさにあふれた声が沈黙を破った。 「先に言われてくやしいな。俺も、おまえのことが好きだ。つき合ってくれ」  花房が、なよやかに揺れて甘い香りを振りまく。感動的な場面にふさわしい曲が流れないのが、不思議なほどだ。  一心に見つめているうちに二足のローファーの距離が縮まり、爪先が触れ合った。飛び出していって直接「カップル誕生おめでとう」と寿(ことほ)ぎたい衝動に駆られたものの、我慢する。空良はエア拍手でふたりを祝福した。

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