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第56話

 あたりが再び静まり返り、さらに百数えたうえでベンチの下から這い出した。寄り添って遠ざかっていく、ふたつの人影に向かって頭を下げる。偶然とはいえ覗き見する結果になってごめんなさい。  幸せのお裾分けにあずかった気分で、支柱に抱きついてジタバタした。初恋もまだの空良にとって〝告る〟はタイムマシンが実用化にこぎ着けるのと同じくらい遠い、ずっと将来(さき)の話だ。  それでも理想的なシチュエーションを想像してみる。  場所は夕暮れ時の海岸が断然、ロマンティックで素敵だ。自分も相手もソフトクリームを舐めていて、ただし違うフレーバーで。  味見と称してとりかえっこすると、空良が舐めた跡を選んで舌がなぞっていって──、 「間接キス、だよね……?」  顔が熱い、バーナーで炙られているように熱い。両手で扇いでも追いつかなくて、ブレザーの裾をばたつかせて風を送る。  怪しさ全開だが、通りすがりの生徒に、可愛いやつがちょこまか動いて可愛いと、にこにこされる点が小動物系キャラの強みである。  そんなこんなのすえに、空良は駆け足で体育館へと急いだ。さっきのカップルに勢いをつけてもらったぶんも、大和を目いっぱい応援しよう。  なのに体育館を目前にして、ぴたりと足が止まる。  架空の間接キスで心を蕩かしてくれた人物には、モデルがいる。あるいは、潜在意識が悪戯をしでかした。 「当麻先輩に、そっくりだった……?」  錯覚だ、と頭をひと振りしてパタパタと駆けだす。それでいて校舎の影も立ち木も、果ては石ころに至るまで当麻に見えてくるとは、特別な眼病を患っているのだろうか。    さて当の、当麻はといえば体育館の中二階にいた。  コートを見下ろす階段状の観客席において、副会長の中島以下、執行部の面々を(はべ)らせたさまは、まさしく無敵王子ご来臨の図。  補足すると最前列に陣取って、ワンポイントを争う好ゲームに夢中になっていた──表面上は。

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