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第57話

 実際の当麻はメモを取るふり、足を組み替えるふりをして戸口を盗み見ていた。  始終、小沢大和にくっついて回っている空良のことだから、てっきり観客席に一番乗りするに違いないと思っていた。ところが読みが外れた。第三クォーターが始まった今になっても一向に現れない。  一下級生が()ようが来まいが、平等の精神を重んじる生徒会長の関知するところではない。とはいえ無性に苛つく。  こんなときこそ精神安定剤を服用するふうに、肌身離さず持ち歩いているコンパクトミラーを眺めたいのは山々だが、ナルシストだとバレたが最後、権威を失墜する。  悩ましいため息がこぼれるたびに、当麻の親衛隊こと執行部一同の間を緊張が走る。  常に冷静沈着な会長らしからぬご様子、受験生と会長職という二足の草鞋(わらじ)にお疲れなのでは。  いや、あの愁いを帯びた表情から推し量って恋わずらいの兆しということもありうる──恋わずらい! えぇーっ!?  コートのほうは海鵬学院チームの五点ビハインドで第四クォーターを迎え、ボールを奪って()り返されてと白熱の展開だ。  両校の顧問監督の指示が飛び、キュッキュッとシューズが床にこすれる音を切り裂いて、澄んだ声が体育館中に響き渡った。 「ちい兄ちゃん、がんばれ!」  戸口を背景に、細っこい躰がぴょんぴょんと跳ねる。空良がハンカチをポンポンのように振って声援を送るさまに、当麻は心の中で強いて悪態をついた。  試合が終盤に差しかかった今ごろになってようやくお出ましとは、のんびり屋にしても限度がある、敢えてグズと言わせてもらう。  なぜって? ポーカーフェイスが崩れそうだったから、だ。  かたや大和は、とたんに躰のキレがよくなった。スリーポイントシュート、はたまたダンクシュートを決めて、逆転勝ちの立役者となった。  こもごもの出来事があってから十日後。中間試験が終了したのを境に、クラス劇の準備が本格的に始まった。  夏至祭まで残り一ヶ月。放課後の教室に集まって稽古に励むのと並行して、衣装や大道具作りが進められて、二年四組の生徒が一丸となって取り組む──約一名を除いて。  つまり、はまり役だとほぼ満票で〝意地悪な義兄その一〟に決定した大和を除いて。

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