63 / 137

第63話

「えっ? えっ? えっ?」  空良は咄嗟に縮こまった。だが、くるんと仰向けにひっくり返されるなり腋の下と膝の裏を腕が支えにくる。  躰が宙に浮いた、と思ったときには姫抱っこに抱えあげられたあとで、 「会長!」 「空良くん!」  双方のファンの間で悲鳴があがった。    ゆるゆると空良はもがき、揺すりあげられると甘酸っぱい記憶が甦る。転校初日に階段を踏み外し、まかり間違えば大怪我をしていたところを当麻にこうして助けられた。  あの、印象深い場面が再現されると自分史上最高にときめく。身ぶりでいざなわれたとおり首に腕を回し、王子とワルツを踊るシンデレラになり切って、うっとりと睫毛を伏せた。  すると嫌な予感がして身の毛がよだつ。  きょろきょろとあたりを見回した。大和と目が合い、彼はにたぁと嗤った。皮膚が粟立つ感じがいっそう強まっても、大和がスマートフォンをいじるさまは日常のひとコマにすぎなくて、それより微かにミントの香りがする息に鼻孔をくすぐられると、視界が薔薇色に染まるよう……、 「きゅふ……っ!」  乳首を揉みつぶす勢いで、びりびりときた。連動してペニスがひくつき、スラックスの中心が妖しく膨らむ。  訝しげな眼差しを向けられて、空良はぶんぶんと首を横に振った。そうだ、暢気にときめいている場合じゃない。ペニスがこれ以上、悪ふざけをしないうちに逃げなくっちゃ。 「重いから悪いから、下ろしてください!」 「暴れると落ちる、じっとして」  ジタバタすると駄々っ子をなだめるように、メッ、と睨まれた。たちまち力が抜けた躰をあらためて抱きあげると、当麻は大股で教室を横切る。  破壊音が轟いた。机が数卓まとめて横倒しになり、もうもうと埃が舞いあがるなかで、大和が蛙でも踏みつぶすようにスチール製の脚をにじる。  上履きのゴム底が黒ずみ、さしずめキレっぷりをカラーチャートで表したところのようだ。    双方のファンの間を激震が走った。もしかすると、三角関係発生の注意報が発令されたっぽくないか!?

ともだちにシェアしよう!