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第68話
ぱふん、と膝に顎を載せた。雨垂れが耳につきだすと、なんだか感傷的な気分になる。
幼いころに父親と死に別れて以来、母親がふたり分の愛情をそそいでくれたとはいえ、淋しさはぬぐえなかった。
おにいちゃんと名づけた大きなクマのぬいぐるみが鍵っ子時代の心のよりどころで、今も一日の出来事を話して聞かせるのが就眠儀式だ。
おにいちゃんズは思い描いていた〝おにいちゃん像〟とかけ離れているものの、基本的に優しい。
武流は嫌な顔ひとつしないで勉強を教えてくれるし(中間試験は全教科平均点以上の快挙!)、大和は……。
むむむ、と下唇が突き出た。最近の大和は、ぐいぐい距離を詰めてくる傾向にあって時に重く感じる。
武流は温泉で背中を流しっこするノリで躰に触れてくるから、弟をかまうのが好きなんだな、くらいに思う。
大和の場合は日増しにさわり方がねちっこくなっていくというか、正直な話、夏日は鬱陶しくて勘弁してほしい。
下唇がさらに突き出て、ひょっとこのようだが、それでも可愛い。
食器を拭く係を買って出て、夕飯の後片づけを手伝ってくれるのはありがたいが、大和はぴたっとくっついてきて、かえってやりにくい。何かの拍子に唇が唇をかすめそうになって、そんなときの大和は最後の一投で的を外したダーツの選手のようにぶすくれる。
同様のケースは多々あって、もしかすると大和は空良が振り向きざま、空良の頬に指をめり込ませるチャンスを狙っていたのだろうか。
と、一時を告げる鐘が鳴った。機械室全体が微かに振動して、それがすきっ腹にひびく。
「いいこと思いついちゃった!」
両手を打ち鳴らした。梯子を探し出して壁に立てかけ、明かり取りの窓までよじ登る。で、ネクタイを結びつけた棒を窓から出して振り回せば、誰かがきっとSOSに気づいてくれる。
「でも、梯子なんてないんですけどぉ……」
糸くずをつまみ取った。執行部のみんなにとって、空良はおそらく害虫で、駆除する対象なのだ。
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