71 / 137

第71話

 嫉妬、と苦笑交じりに独りごち、親指の爪を嚙む。みっともないうえに爪の形が悪くなるから、と幼少期に卒業した癖が復活するとは、らしくもない。  咳払いひとつ、後ろ手を組んで移動式のホワイトボードと平行に行きつ戻りつする。小沢大和ならびに、密かにそう呼ぶベイビーズこと側近たちが敵意をむき出しにわめき合っても、仲裁に入るどころか勝手にやらせておけ、と思う。  が蚊の羽音のように耳にこびりついて鬱陶しいったら、ない。  当麻はヨガの呼吸法で心を落ち着かせてから、あらためて大和と対峙した。 「小沢空良くんの失踪に、きみの推測通り他者が関わっていると仮定して。しかし白昼堂々さらうのは容易ではあるまい」 「あいつは、頭の中が毎年お花畑だからな。なんか餌をちらつかせりゃ、つれ出すのは簡単に決まってる……」  語尾に切ないものをにじませて、校長室から払い下げられたソファにどさりと腰かけた。  当麻は窓越しに校庭を見渡した。絨毯爆撃が行われているように、大粒の雨があたりを白く霞ませる。悪天候のなか、小沢空良は群れからはぐれて山中をさまよう仔鹿のごとく、ピィピィと泣いていないだろうか。  ならば、いの一番に空良のもとに駆けつけるのは俺だ。生徒総数七百人超といえど〝白馬に乗った王子さま〟の役どころにふさわしいのは、オールマイティーな当麻遼一を置いて他にいないのだ。 「大げさに騒ぎ立てて見苦しい。小沢空良なら授業をサボったあげく、今ごろ繁華街でもうろついてる……」  会計の倉田が嘲るように口を挟むと、 「どこの兄弟も普通にやってるって、うちのタケ兄がデタラメこいたのを真に受けて、ちんぽをオナホールにほいほい突っ込むくらい純真なやつが、学校をフケて遊び歩くとかあるかよ」  大和はナイフで斬りつけるように遮る。  ちんぽにオナホール、と当麻は心の中で叫んだ。それでもポーカーフェイスが崩れなかったのは、ひとえに鏡を相手に表情筋を鍛えてきた賜物だ。  明晰な頭脳が答えを勝手にはじき出す。小沢兄弟は3Pを含む、ただれた性生活を送っている──と。

ともだちにシェアしよう!