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第73話
「当然、この内部 も調べたんだろうね」
「そこ、昼間でも幽霊が出るって噂だろうが。ヘタレなあいつが、いっこねえ」
精悍な顔が覿面にひきつり、ごまかしに走ったのはバレバレだ。
「灯台下暗しという。俺の勘では、ここがクサいと告げているが怖じ気づいたのであれば仕方あるまい。ひとりで見てこよう」
当麻は皮肉たっぷりに肩をすくめてみせた。デカい図体をして幽霊を怖がる根性なしに、小沢空良を束縛する資格があるものか。
「ビビるわけあるかよ」
大和は鼻で嗤うと、ことさらイキって歩み寄ってきた。そのくせ螺旋階段をすたすたとのぼる当麻の後を、へっぴり腰でついてくる。
時計塔は、創立百周年を迎えた学院の歴史をつぶさに見てきた。それだけに塔全体が黴 臭い。
何度も塗り替えられてデコボコしている漆喰の壁に、ふたつの人影がそれこそ亡霊めいて、ゆらゆらと映る。
大和の脳内では、あちらの暗がりにも、こちらの暗がりにもひそむ化け物の姿が鮮明に像を結んでいるのだろう。命綱にすがりつくようにブレザーの裾を摑んできて歩きにくい。
「塔といえば、ロンドン塔はそのむかし牢獄だった。悲惨な最期を遂げた囚人の怨念がこもり、夜な夜な、うじゃうじゃ幽霊が出没するそうだ」
当麻は、何気ないふうを装って蘊蓄 を傾けながら横目をつかった。喉仏が引くつくように上下するさまに、ほくそ笑む。
こぼれ話が恐怖心を刺激する形になったのだとしても、それはあくまで事故であって、断じて腹いせでの類いではない。度量が大きい自分に限って、ちんぽをオナホールにぬぷぬぷ云々に嫉妬したあげくセコい嫌がらせをするなんて、誓ってありえない……たぶん。
ぐるぐる、ぐるぐると四階分ものぼれば眩暈に襲われる。手すりを摑みなおしてひと息入れた瞬間、いわばセンサーが反応した。目をつぶって神経を研ぎ澄ます。雨音にまぎれがちだが、話し声が聞こえたような──。
早く行けよがしに背中をつついてくるのを、しっ、と仕種で制する。
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