74 / 137

第74話

「静かに。きみも聞こえないか、誰かがしゃべっている」 「げっ、幻聴だ。ン、なの」 「いや、地縛霊が呪詛の文句を吐き散らしているのかもな。うらめしやぁ~」  ヒッ、とかすれた声を洩らし、大和は指で耳に栓をした。ついでに、うずくまった。  当麻は冷ややかな一瞥をくれておいて、階段をのぼりつめた。吹き抜けの回廊伝いに進めば、年代物の恐ろしく大きな机が行く手を阻む。  その机は、畳大の板の、つっかい棒に用いられているように見えた。このバリケードのごとき代物(しろもの)は、その内側に存在する扉をふさぐための工夫なのでは? 「小沢空良くん、そこにいるか」  板の横手の壁を叩きながら呼びかけても、(いら)えはない。だが耳をそばだててみると、コロボックルのそれのように小さな足音が確かに聞こえる。取るものも取りあえず机をどけようとしたものの、 「くっ、重いぃ……」  数ミリ動かすのがやっとだ。コロをかませたいところで、それでも小沢大和とふたりがかりなら何とか動かせそうだが、駄目だ。紙垂(しで)になぞらえたネクタイを振り回して、 「悪霊退散、祓いたまえ、清めたまえ!」  陰陽師の真似事をするのに忙しい。  のちほど大和には失禁ものの怪談を聞かせてあげることにして、腕まくりをした。机の(へり)に手をかけて、火事場の馬鹿力を地でいくつもりで再挑戦すれば、 「『このフェニックスの翼でできた貞操帯をはめていれば御曹司さまはイチコロなのね。ありがとう、通りすがりの異星人さん!』──う~ん、貞操帯が相変わらず謎。アクセントは語尾あがりなの、語尾下がりなの?」  壁に隔てられてくぐもっているが、間違いなく小沢空良の声が鼓膜を震わせる。  ナルシストの常で、当麻も潔癖症のきらいがある。なのにスラックスが埃まみれになるのも厭わず、机に尻を引っかけた。  要するに美学に反する振る舞いに及ぶほどホッとしたわけで、そして思う。フェニックスがどうしたこうしたという独り言は科白めいていて、もしかすると夏至祭で二年四組が上演する芝居の中に出てくるものなのだろうか。  だとしたら尊敬に値する。閉じ込められているあいだも時間を有効活用するとは、たくましい。

ともだちにシェアしよう!