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第80話

 もっとも前途多難だ。手の甲でぐいぐいと目許をぬぐった拍子に、ある情景が脳裏をよぎる。  今日の三時限目は化学の実験があって、休み時間に教室を移動するさいに当麻と廊下で行き合った。ところが会釈をしても足早に去っていかれた。  思い出すたびに哀しくて、切ない。ただ、もう哀しくて切ない。  だから空良は打開策というのを考えた。エロ三昧云々と非難された行為は今後一切、拒否する方向でいく。  そうして初めて当麻の友だち候補の、その補欠に加えてもらえる資格を得るはずで、おにいちゃんズになつきすぎるのはNG。まずは自立心を養うこと──と。    武流が嫌みったらしい、ため息をついた。 「僕も大和もね、こう言っては語弊があるけどツギハギの五人家族が仲よくやっていけるよう努力してきたつもりだよ? 空良が駄々をこねるなら、こっちにも考えがある……」    ねっとりと語尾を濁すと、もこもこをむしりながら言葉を継ぐ。 「空良たちのクラスは夏至祭でシンデレラのパロディをやるんだっけ。シンデレラを虐げる継母(ままはは)とふたりの義姉をお手本に、僕も意地悪モードを発動するかもしれないね」 「おい、脅すとか卑怯だぞ」 「卑怯? 今さら、いい子ちゃんぶるほうが、よっぽど卑怯じゃないかい?」  口喧嘩がエスカレートしてくのに乗じて、空良は表に飛び出した。そして二階の窓明かりに向かってアッカンベをする。  おお兄ちゃんのイケズ、アンポンタン、と毒づくくらい自分史上最高にムカついていた。  触手くんシリーズも、滑舌がよくなるという触れ込みの乳首に貼るシールも、ラブリーにゃんこ4号も、ひとまとめに蹴散らす勢いでずんずん歩く。  冒険の旅に出て経験値をあげてきたら、おお兄ちゃんだって見直してくれるかもしれない。  とはいえ手ぶらで出てきた以上、行動半径は高が知れている。潮風に吹かれたらもやもやが晴れる、と思いついた。  自立心、自立心、と唱えながら丁字路を曲がる。紫陽花の群生に彩られた坂道を下るにつれて波音が高まっていき、それは子守唄のように優しく鼓膜をくすぐる。

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