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第84話
「プチ家出なんて強がって、ちい兄ちゃんに心配かけちゃダメだよね。つき合ってくれて、ありがとう」
大和は、そっぽを向いた。唇を舐めて湿らせると、怒気を含んだ声で核心に切り込む。
「黙っとくのフェアじゃねえから教えてやる。おまえさ……」
当麻に恋しているな──は、折悪しく出てしまったというか、折よく出たといったほうが正しいのか、ゲップにかき消された。
苛立たしさの裏返しめいて水蜜桃のような頬に手が伸びる。左右同時につまんで、両方向に力いっぱい引っぱった。
「いひゃい、いひゃいよぉ」
「うるせぇ、激ニブなのが悪い。来週の風呂そうじ当番を賭けて、もういっぺん勝負だ」
砂浜で勝負といえば、定番はこれだ。砂の山を築き、てっぺんに棒切れを刺して、ごっそり、あるいは少しずつ砂をかき取っていく。
同時刻、武流は静かに怒り狂っていた。空良が自我に目覚めるということは、宝の山を目の前にして撤退を余儀なくされたかのごとく〝バックヴァージン卒業計画〟が頓挫するということを意味する。
しかも大和まで逆らうとは何事だ。ふたりまとめて逆さ吊りの刑に値する、とラブリーにゃんこ4号を踏みしだいた。
さしあたって鱗感も精巧な、ゴム製の蛇を空良のベッドにひそませにいく。
その工作中に、机の上に置きっぱなしのスマートフォンが通知音を響かせた。武流はためらわずに摑み取った。
プライバシーの侵害、いや、兄の権限でもって弟の交友関係を把握しておくのは大事だ。ロックを解除して新着のLINEを興味深く読む。
〝先般、きみに暴言を吐いた詫びを兼ねて購買部で一番人気のエビカツバーガーをごちそうしたい。昼休みに屋上にて待つ 当麻〟。
「ふぅん、逢い引きのお誘いっぽいねぇ」
鼻で嗤い、スマートフォンをベッドの上に放り投げた。海鵬学院OBの武流は、何代か前の生徒会役員でもある。縦のつながりは強固で、現生徒会長・当麻遼一の評判も耳に入ってくる。
眼鏡を押しあげる。現時点で既読スルーの形になっているのは、好材料だ。スマートフォンを隠して、当麻が待ちぼうけを食う方向へ持っていき、ひいては空良がハブられるように仕向けてやろうか。
それより大和を偵察に行かせて、空良と当麻というベクトルの違うふたりが実際のところどういう関係にあるのか探らせるのが先決か。
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