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第86話

 ペットホテルに預けられて淋しがっているトイプードル、いや、マンチカン、違う、属性的にウサギ。  小さな背中に哀愁が漂っているさまも可愛い、と空良の非公認ファンクラブの発起人、すなわち野口と酒井と金子が囁き交わす。  無邪気な小沢空良は男子校の潤いだ。鉄壁のガードが若干ゆるんだ今こそ、友だち枠に立候補するチャンスだ。  そう、常時SPのように空良に張りついて睨みを利かせていた大和が、空良の半径一メートル以内に近づくと、顔が青と赤のまだらに染まるという奇病を発症した。  現に空良がアルミホイルと格闘していても、助っ人にいくどころか教室の隅から眺めているのみ。  書割を担当する班はベニヤ板に刷毛を走らせ、衣装係はひらひらスカートの裾をかがる。わいわい、がやがやと作業に励んでいる最中、教室前方の引き戸が廊下側から開いた。  近くにいた生徒が呼び寄せられて、(かしこ)まってうなずいたのちに振り返った。 「小沢、空良くんのほう。お客さん」  はぁい、と応じたとたんアルミホイルが反物を広げたように転がっていった。当麻が引き戸の陰にたたずんでいるが、あれは泣く泣くドタキャンして切ながる気持ちが生んだ幻だろうか……?  手招きに応じて、当麻の元へまっすぐな道が延びているように駆け寄る。はにかみと嬉しさに口許がほころびかけると、先手を打つように紙袋を渡されて、その中身はエビカツバーガーだ。 「きみのために買い求めたものを無駄にしたくない。おやつにでもしたまえ」 「わぁ、ありがとうございます!」  甘酸っぱいという成分が空気に加わって、それが伝播(でんぱ)したように、あちらの班でもこちらの班でも怒濤の勢いで恋バナが語られはじめた。  一方、引き戸の傍らでは、昭和レトロなお見合い風景と題したいような場面が、もだもだと繰り広げられる。

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