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第88話

「会長さまさ、あんたは空良に接近禁止だ。でないと取り巻き連中がまた暴走っすかもだろうが」 「ちい兄ちゃん、ごめん、ちょっと黙ってて。先輩、何が好きなのか教えてください」  空良にしてみればエビカツバーガーのお礼にお菓子を作るにあたっての、リサーチだ。それが当麻にとってはフェルマーの定理に匹敵する超難問だ、というふうだ。  空良は困り顔と、バンズからはみ出しているキャベツの千切りを見較べた。〝好き〟がエビカツバーガーのことじゃなければ、何を指しての〝好き〟なの?   ともあれタルタルソースが垂れてこないように、バンズを持った両手を上向きの水平に保つ。    かたや当麻は、ヨガの呼吸法で落ち着きを取り戻した。大和を力ずくで廊下の隅に引っぱっていくと、地を這うような声で訊いた。 「返答如何(いかん)によっては容赦しない。その後、空良くんに狼藉を働いていないだろうな」 「ねぇよ(この一言に入浴シーンをこっそり覗くのさえ我慢している等々が集約される)。つか、あんたが空良に付きまとう意味が謎なんだけど?」    無敵王子VSイケてるヤンキー小僧の図は、黄金色(こがねいろ)と緋色のオーラが斬り結んでいるさまを髣髴(ほうふつ)とさせた。  迫力満点でカッコいい、と空良は目を輝かせた。先輩のほうが断然上だけど、と心の中で訂正するとドギマギして、無意識のうちにエビカツバーガーをかじる。そして笑みくずれた。 「スパイシーで美味しい!」  前肢(まえあし)で木の実を持って、それを頬張るリスっぽくて可愛い。そう口をそろえて、野口と酒井と金子がデレデレした。空良にエビカツバーガーを貢ぐ順番はアミダクジで、と平和的に解決したのはさておいて。  当麻と大和の間を流れる空気は棘々しさを増していったすえに、睨み合いが摑み合いの喧嘩へと発展した。突き飛ばし、やり返されて、足が出る。 「これ以上、空良にちょっかい出しやがったら、ぶっ殺す!」 「その科白に熨斗(のし)をつけてお返しする!」  切れ味鋭いパンチが炸裂したかと思えば、爪先がむこうずねを()ぐ。と、いうぐあいに戦闘モード全開中にもかかわらず、当麻は乱れ髪を手ぐしで梳く。

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