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第89話

 派手な余興。その場に居合わせた誰もが最初はそう思った。  梅雨時だから運動不足になりがちで、元気があり余っている高校生男子はいささか荒っぽいやり方でストレスを発散することもあるよね、うん、うん。  ただし、それは一般論だ。優等生の誉れが高い無敵王子が大っぴらにバトルるなんて、受験ノイローゼか? はたまた天変地異の前触れか!? 「てめぇのナニサマな態度がムカつくんだ!」  大和が強烈な右ストレートを見舞うと、 「きみの粗野な言動こそ学院の品位を落とす。ほぉら、ギャアギャアわめくゴリラの顔を見せてあげよう」    当麻はひょいとかわしつつ、胸ポケットからコンパクトミラーを取り出した。上蓋をスライドさせて、その鏡面を大和に向けがてら、自分の顔もちらりと映す。  闘志をむき出しに頬が紅潮しているさまが、熱血漢の片鱗を覗かせていて、あの生徒も、この生徒も新たな魅力の前にひれ伏すこと請け合いだ。  ハッと我に返った。ナルシスト魂が手足を操った今のひとコマをみんなの記憶から削除すべく、大和に体当たりをかましていった。    空良は、ぽかんと口をあけっぱなしだった。もしかすると当麻と大和は夏至祭でお披露目する予定で、殺陣(たて)を売り物にするコンビを結成したのだろうか。  つまり、唐突に立ち回りを演じはじめたのは本番に向けての練習? それにしては真に迫っていて、アクション映画を観ながらポップコーンをぱくついている気分でエビカツバーガーをたいらげた。  包み紙をたたみ終えたところで、今さらながら不思議に思う。組んずほぐれつの取っ組み合いはどう見ても本気モードで、だったらふたりがキレた原因って、なぁに?  誰もが呆気にとられるばかりで、仲裁に入ろうとする勇者は現れない。  当麻が消火器の収納ケースに背中をぶつけた。大和は大和で蹴つまずき、引き戸を派手にがたつかせた。シャツに鉤裂きができてボタンが弾け飛ぶ。上靴が脱げて遠くまで転がっていく。  もはやカオスだ。  野次馬がどんどん集まり、動画を撮りはじめる者までチラホラ。教師が騒ぎを聞きつけてやって来るのは時間の問題だ。

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