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第91話

脳震盪(のうしんとう)を起こしたの。安静にしててね」  養護教諭に時間を訊くと、五時限目がもうすぐ終わるとのこと。気を失ったついでに寝オチしたらしい。  生乾きの血で、鼻の穴ががびがびする。時計塔の一件といい、ここ最近、昼休みは災難つづきだ。 「ううん、棚ボタだったあ……」  今回の姫抱っこは過去二回のそれと較べると、密着度および移動距離がずば抜けている。  そのぶん当麻の肌ざわりといったものが全身に消え残っていて、その感触が鮮明に甦るにしたがって、ときめき度を表す棒グラフがぐんぐん伸びていく。  熱を持って疼く鼻より、頬のほうがよっぽど熱い。腹這いになってペダルを漕ぐように足をばたつかせ、あるいは仰向けに寝返りを打って左にころころ、右へころころと転がったあげく、また微睡(まどろ)みに落ちていた。  ふと、耳が衣ずれを拾う。色とりどりの粒子が瞼の裏を乱舞して、薄ぼんやりと人形(ひとがた)の輪郭を形作った。  養護の先生? と問う声は、むにゃむにゃと寝息に溶ける。もう起きます、授業に出ます──。  産毛がそよいで、こそばゆい。それはが顔を覗き込んできたのにともなって、殺しきれなかった息がかかったからだ。狸寝入りを決め込むつもりは毛頭なかったのだが、結果的にそうなった。  誰かが頭の横のマットレスにそっと手を突いた気配がして、ガン見されている感覚が強まる。夢うつつに考える。ちい兄ちゃんが忍び込んできて、マジックで顔に落書きしようとしているところなのかもしれない。  それならタイミングを狙い澄まして、わっ! と叫んであげなくちゃ。  そろりそろりと密やかに、枕をめざして、掌がシーツの上を這い進む。秘密の香りがする情景が脳内で像を結ぶ。  来た来た、と空良は無意識のうちに身構えた。大和(仮)の指が頬をかすめても、大和(仮)の前髪がさらさらと額を掃いても我慢する。  もういいかぁい、まぁだだよ。「わっ!」に備えて多めに息を吸って、そこで違和感を覚えた。  大和はベリーショートで、前髪もうんと短くて、だったら額をくすぐるこの髪の毛は誰のもの?

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