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第98話
武流が舌打ち交じりに眼鏡をひといじりした。大和の傍らへ、空良を羽交い絞めに引きずっていくと、ジャッキアップするように細腰 を抱えあげた。おまけに下肢の間に太腿をこじ入れて、足を閉じられないようにする。
「おお兄ちゃん、てば。悪乗りしすぎ」
空良はガムシャラに上体をよじり、すると膝頭がふくらはぎを押さえつけにくる。あまつさえジーンズの中心が、狭間にあてがわれた。
ファスナーが肌にこすれて痛い。それ以上に虫唾が走り、涙もにじんで、だが泣いている場合じゃない。当麻のためにバックヴァージンとやらを死守する、それはふたりの今後を占う試金石となる。そう第六感が告げる。
「うん、もう、しつこい!」
猛然と躰を揺さぶり、わずかに拘束がゆるむのももどかしく武流を突きのけた。ハーフパンツと下着が足首にたぐまって、つんのめり気味とはいえ、一目散に窓辺へと逃げる。
カーテンにくるまって、それでも、負けないもんと精いっぱい足を踏ん張った。
「おやおや。大和、僕らの可愛い弟は反抗期みたいだよ。もっと厳しく躾けないとね」
「断る。こいつで遊ぶとか、飽きた」
大和は口をへの字にひん曲げた。ムスコをなだめすかしながらボクサーブリーフを引きあげて、クソ、と吐き捨てる。イキそこねて下腹が重苦しいのも相まって、ありとあらゆる物を破壊したい気分だ。荒い息をつき、空良に向かって顎をしゃくった。
「制服に着替えてこい。学校に行くぞ」
「もう? 集合時間は一時だよ」
夏至祭まで残り六日。休日返上で、講堂のステージを使って〝チンデレラの憂鬱〟の通し稽古がある。
「飽きた、ねぇ、ふぅん、飽きたんだぁ」
皮肉っぽい含みを持たせながら、武流は落下傘状になるようティッシュペーパーの中心をつまんで、ふわりふわりと振り動かした。
ティッシュペーパーに蛍光塗料を塗り、且 つ暗闇の中で同じように揺らめかせると、人魂と見まがうのは確実の絶妙のひらつきぐあいだ。
要するにホラー関係が苦手な大和に対する嫌がらせで、びくびく顔が仏頂面に取って代わった。
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