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第100話

 早い話が登校すれば、クラス劇の仕上がりぐあいを視察する名目で空良に会いにいける。  同じ海鵬学院生でありながら、学年が違うと接点と呼べるものは極めて少ない。廊下で立ち話をするのすら運頼みというありさまで、だいたい空良は大和とワンセットも同然とくれば、ふたりきりになるのは至難の業。  下校デートは基本中の基本だろう、いや、デートというのは大げさで、単に空良と学校帰りに寄り道をしてみたい。それが目下の最重要課題だ。  ちなみに行き先の候補は港の周辺のこじゃれたカフェとか、同界隈の洋館街だが、それらが県下有数のデートスポットだというのは、ちょっとした偶然だ。  誓って故意ではない、ないったらない。  事程左様(ことほどさよう)に当麻は優秀な頭脳をもってしても未知の領域に属する感情に、悶々としっぱなしだった。  と、恋する男子ならば標準装備のレーダーが校門をくぐったところで反応した。  いわば恋という基地から特殊なマイクロ波が発せられて空良を発見すると同時に、敵を捕捉したのだ。  顔をほころばせ、一転して顔をしかめる。華奢な後ろ姿と、用心棒然と脇を固めるそれが、今しも昇降口に吸い込まれていく。  掌に息を吐きかけた。口臭チェックOK、いざ! ネクタイをなびかせて昇降口へ急ぐ。 「……でね、会長から毎日たくさんLINEがくるの。おはよう、とか、おやすみ、とか、晩ご飯は何を食べた、とか」    ピッコロの音色のように弾んだ声と、ふて腐れた感丸出しの唸り声が鼓膜を震わせる。話題の(ぬし)は当麻自身とあって、独りでに頬がゆるむ。  LINE云々、と大和に語って聞かせるのをノロケと解釈すれば大和に泥水をすすらせてやったようで小気味よい。  下駄箱はクラス別に並ぶ。三年一組の当麻が二年生の区画をうろつくのは不自然で、誰かに目撃されれば、つまらない憶測が乱れ飛ぶ恐れがある。  またベイビーズこと生徒会執行部の面々が空良に敵意を燃やしたあげく、暴挙に出たことは記憶に新しい。  一挙一動が注目の的となる者の宿命(さだめ)だ、とナルシストの香気が漂うため息がこぼれる。意を決し、たまたま通りかかったふうを装って二年四組の列を覗いた。  鼓動は、工事現場の掘削音並にうるさい。睫毛を伏せてインターバルをとってから、努めてさりげなく声をかけた。

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