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第101話

「やあ、きみたちも夏至祭がらみの登校かい」  空良が上靴を取り落とし、両手で口許を覆った。小作りな顔が桜色に染まり、露骨にうろたえるさまから、明確に答えをはじき出す。  唇を盗まれた、あの出来事をひょっこり思い出して羞じらったに違いない。  当麻はリュックサックの肩紐をずらす(てい)で、手汗をぬぐった。すさまじく動揺しているにもかかわらず笑顔にひびが入らなかったのは、ナルシスト道を邁進(まいしん)するなかで研鑽を積んだ賜物といえよう。  ともあれキモがられている様子が見受けられないのは、吉兆だ。それにキレやすい大和が嚙みついてこないということは、空良がキスの件を秘密にしている証しだ。  うがった見方だが、掛け替えのないものだと位置づけて心の中の宝箱に大切にしまってくれている……?  この機にグイグイいけと本能が命じるがままに半歩、空良に近づいた。 「劇、劇の練習、いっぱいしなきゃで」  空良がもじもじするから、もじもじが伝染して、もじもじの無限ループに入った。  もじもじは気流にも影響をおよぼす。熱っ、と叫んで大和が飛びのいたあたり、二年四組の下駄箱付近に限って気温が急上昇した。 「きみを主役を推した時点で舞台が大成功をおさめるのは約束されたようなものだ。だけど、きみを独占したい俺としては、きみの魅力に全校生徒がメロメロになるのは痛し痒しだな」  ダムが決壊したように本音がだだ洩れになれば、大和の全身に殺気がみなぎった。 「俺らより一年長くこの学校に通ってるくせに二年のエリアで迷子になってる誰かさんが、調子こくいてデカいツラさらすし?」  大和は簀子(すのこ)をがたつかせながら当麻を突きのけ、空良の正面に割り込んだ。  そして、すべらかな頬を両手で挟みつけて仰のかせるが早いか、 「きみを独占……?」  ピンとこないとみえて棒読みで復唱する唇を素早く奪った。より詳しくいえばベロチュウをかました。そうすることで売約済みのスタンプを貼るような、奇襲をかけたのだ。

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