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第102話

 にわかに陽が(かげ)った。否、当麻の視界が瞬間的に黒一色に塗りつぶされたせいだ。  ふっくらした唇が忌々しくも(つや)めいたさまに地団太を踏み、対抗意識を燃やす。  場所柄をわきまえろ、という理性の声を無視して細っこい躰を抱き寄せた。それすらもどかしく、そっと、ただし熱情を込めてくちづける。  あちらが力ずくでいくなら、こっちはソフィスティケート路線で勝負だ。  野良猫が二匹、裏庭で凄み合う。昇降口には、ドヤ顔がふたつ並ぶ。 「早い者勝ち、つうことで恨みっこなしな、」 「早さを競うのはファストフードに任せておけばいい。大切なのは質で、勝ち名乗りをあげさせてもらおう」  公平なジャッジをと、きょとんとふたりを見較べる空良に詰め寄る。すると一拍おいて、斜め上をいく答えが返った。 「おれをダシに使って間接キスするなんて、ひどい。嫌いは好きの裏返しで、ちい兄ちゃんと先輩は好き合ってるんだ」    どんな方程式を用いれば、魚類から哺乳類が生まれるほどに妙ちきりんな解が導き出される。  当麻と大和は脱力感に襲われて、諸共にへたり込んだ。天然の思考回路は、きっと恐ろしく曲がりくねっているのだ。桁外れに鈍いという次元を通り越して北京原人級の恋愛音痴を相手に、繊細な心の襞を読み取ってほしいと願うのは、(さい)の河原で小石を積む以上に虚しい。  簀子をがりがりと引っかく当麻と大和をよそに、空良はうんうんと頷いた。彼らが前日、派手に殴り合ってみせたのは世間を欺くためのカムフラージュで、実は密かに愛を育んでいた、らしい。  ドラマや漫画の王道のパターンだよね、と想像力はとんでもない方向へと暴走したっきり歯止めがきかない。  反面、当麻と大和が忍ぶ恋路をたどる仲だ、と思うと、槍で貫かれたように胸がずきずきと痛みはじめる。  そのぶん、できるかぎり冷静に二種類のキスについてレビューするふうに唇をさわる。  食べ物に喩えると、大和のキスはスッポンの煮こごりに似て苦手な風味だ。対する当麻のキスは、もぎたてのサクランボさながら瑞々(みずみず)しくて五つ星クラスだ。

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