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第109話

 空良の妄想劇場においては、当麻と大和はロミオとジュリエットさながら人目を忍ぶ恋仲だ。  だから大和が嫉妬の炎がめらめらで大変なんてことにならないよう、後ろ歩きでずれていくそばから、 「ここだけの話、全演目の中で〝チンデレラの憂鬱〟が一番楽しみだ。あすは万難を排して、きみの晴れ姿を楽しませてもらう」  パーソナルスペースを侵すまで距離を詰めてこられるとドキドキして、だが、そのドキドキの主成分はだ。  なので、かえって困ってしまう。縦横どっちつかずに首を振るにとどめて、窓へ視線を逃がした。態度が悪い子と先輩に思われたら、どうしよう。スラックスの太腿部分をぎゅっと摑んだ瞬間、いきなり髪の毛に指が触れてきて、ぴょんと飛びのいた。 「失敬、リボンがほどけかかっている」 「あっ、カツラの……自分でできます」 「いいから、じっとして」  その情景は、甘やかさと焦れったさをない交ぜにはらんでいた。リボンを結び直してもらっている間中、空良は急降下、逆さ向きに一回転を繰り返す絶叫マシーンに翻弄されているような思いを味わっていた。  当麻がすぐそばにいると原因不明の息苦しさに苛まれることは過去にもあったが、ここにきて重症化した気がする。走って逃げたい心と裏腹、頭のてっぺんから蒸気がしゅうしゅうと噴き出して手足を縛り、その場に縫いつける。  ところで副会長の中島以下、当麻に心酔しているぶん部外者をぞんざいに扱う生徒会執行部のメンバーが、空良を引きはがすどころか神妙にひかえている……のは表面上のこと。  内心は恐れ多くも無敵王子のお手を煩わせる、あのチンチクリンをぼっこぼこにしてやりたい、だ。  空良に鉄槌を下した(かど)で当麻からやんわりと叱責されたために我慢していたものの、忍耐力が尽きた。  なので、いっせのせで咳払いしてみた。しかし、ふたりだけの世界を構築する壁は堅牢きわまりない。コホン、跳ね返された、ゲホゲホも同様で見向きもされない。

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