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第110話

 当麻は、といえば。効果覿面の鎮静剤──すなわち鏡に映した自分の顔を眺めることで安らぎを得たい、という誘惑と闘っていた。  なぜなら、違う、真面目にやれと、たしなめても指は逆らう。リボンを結び終えたとたん故意にほどき、再び蝶の形に結うなり、素早くほどく。  完璧を期する、という大義名分が立つからには心置きなくいじらせてもらうと言わんばかりの、しつこさで。  結び目が一ミリずれた、今度は蝶のバランスが微妙におかしい、おやおやの長さが右と左で違うぞ、もういっぺんやり直しだ。  しまいには摩擦熱でリボンがしんなりするありさまで、プラモデルを作るのもお茶の子さいさいというほど手先が器用な俺としたことが、やけにもたつく──。  にわかに人いきれがしだした。我に返ると人だかりがしていて、手許に注目を浴びている。当麻はこだわりの強い芸術家のごとく、鹿爪らしげに出来栄えを吟味したうえで、ようやく空良から離れた。    うきうきとリボンと戯れて……もとい格闘している間に十分が経過していた。その間、大和が麻酔をかけられたようにおとなしくしていた裏には、ある事情が隠されていた。 〝秘策〟──。  それは丑三つ時に心霊スポット巡りをするくらい難易度が高くて、えげつないものだ。    さて当麻はスマートフォンをタップして、スケジュールを確認するふりをした。空良という栄養を摂取したような、なまじっか触れたばかりに飢餓感がかえって強まったような、複雑な心境だった。  とはいえ夏至祭の指揮を執る立場上、のんびりしてはいられない。横顔に愁いをたたえて、告げた。 「手間取ってすまなかった。では、また」 「ありがと、です」  渡り廊下が天の川であるかのように、あちらとこちらに分かれる。お互い、ちらちらと振り返りながら。  講堂が爆笑の渦に、音楽堂は万雷の拍手に包まれる、というぐあいに初日は盛況のうちに幕を閉じた。どのクラスが最優秀賞に輝くかを巡って、教師の間で密かに賭けが行われていたのはさておいて。

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