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第119話

「えっ、とぉ……」     空良はビスチェの紐をショリショリと()り合わせた。ちい兄ちゃんにつづいて先輩までとち狂うなんて、講堂に巣食う地縛霊の仕業かしらん。  パニクりつつも懸命に頭を働かせる。二年四組の団結の証しともいえる舞台をやり遂げるには、脚本通りに物語が進むよう軌道修正しないと。  魔法が解けてチンデレラがすたこら逃げるさいに落としていった貞操帯を巡るひと騒動があったのちに、めでたし、めでたしとなるように。  だが、射貫くように見つめられると理性なんか吹き飛ぶ。ふさわしい時が訪れると開かずの扉が自動的に開く仕掛けがほどこされていたように、素直な気持ちがあふれ出す。 「おれも、たぶんだけど先輩に恋してます」  たぶん!? と総ツッコミが入った。 「先輩としゃべってると、酸欠かなって思うくらい胸が苦しくなって。でも、苦しいのが逆にうれしいっぽいっていうか……」    しどろもどろになっても、雄弁に補うものがある。口許がほころんで、地球上でいっとう美しい花が咲くように笑みがこぼれた。  恋という診断シートのすべての項目に丸がついているにもかかわらず、恐ろしいまでに自覚に欠けるとは、恋愛方面の認知能力がゼロ歳児以下なのか? 同じ口説くなら恐竜を口説くほうが簡単かもしれない、と誰もが頭を抱えた。  当麻は酸欠云々を反芻して眉間を揉んだ。総合的に判断して両思い確定と大々的に発表しても差しつかえあるまい。  だが、ぶっつけ本番で告白したのが災いして、カップル誕生を寿(ことほ)ぐにあたっての適切なふるまい方というものがわからない。差しあたって空良を抱きしめるのが正解なのだろうか。  贅沢な悩みをこね回すのは先送りにすべきだった。どつかれて当麻がよろけた隙をついて、 「いやいやいや、おかしいだろうが。おまえ、俺のチンポしごいたじゃん。既成事実ってやつで、俺を選ばなきゃだぞ」  大和が勝ち誇ったようにまくしたてながら、空良を抱き寄せた。  山賊の首領が姫君をかどわかしたさまを思わせて。

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