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第123話

 東側の階段を駆けあがり、猛スピードで廊下を駆け抜けて、西側の階段を駆け下りる。渡り廊下経由で中央校舎に駆け込み、また同じことを繰り返す。  西校舎に場所を移しても、追いかけっこはまだ終わらない。あみだくじの線をたどる要領で、死に物狂いで逃げるウサギと執念深い狩人のごとく、各階を行ったり来たりする。  ただし、すばしっこさでは空良が(まさ)るものの、知恵較べでは当麻が上だ。不毛な鬼ごっこにケリをつけるべく奥の手を出す。 「だるまさんがぁ、ころんだっ!」  鋭い声が、人気(ひとけ)のないフロアにこだました。それは、標的をその場に釘付けにする最強の呪文だ。  現に、空良は急ブレーキをかけた。勢いがつきすぎていたせいでつんのめり、掲示物を引きちぎりながら膝をつく。そして、ちょっぴり恨めしげに頬を膨らませた。 「だるまさんは、ずるいです」 「きみを捕まえたくて、なりふり構っていられなかった」  当麻は汗がきらめく額を手の甲でぬぐった。〝きみを〟は〝きみの心を〟を、端折ったものだ。  鏡に映る自分が相手なら、気障な科白を垂れ流しても照れるどころか丼飯を三倍おかわりしかねないほどだった。ドンビキされるのを恐れて省略形を用いるあたり、無敵王子といえども弱気な面をさらけ出すところが恋の魔力だ。  ともあれ空良が立つのに手を貸そうとして、ところが拒まれたうえに(かかと)で床を漕いで離れていく。 「これ以上、逃げる意味がわからない」 「ごめんなさい、止まらなくなっちゃって」    空良は、独立した生き物のようにばたつく足をスカートの中にたくし込んだ。  告白されて天にも昇る心地だったのに、さっきは「たぶん」と答えを濁してしまった。と、いうことは改めてきちんと返事をする必要があるということだ。  それがマナーだと頭ではわかっていても感情がついていかない。両思い(らしい)というケースにどう対応するかなんて、算盤で五十桁の掛け算をしてみろと迫るようなもので、処理能力を遙かに超えている。 「きゃふっ!」  当麻は痺れを切らした。実は追跡劇を繰り広げている最中も巧みに誘導した甲斐あって、いわばゴールは生徒会室から数メートルの地点だ。

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