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第124話

 もがくのをものともしないで、(へそ)を折り目に空良を肩に担ぎ、 「毎回、姫抱っこでは芸がない。きみに飽きられないように工夫するのも大事だ」  生徒会室の扉を開ける間じゅう、かつてないほど胸が高鳴りっぱなしだった。  愛しい、愛しい、と叫んでいるようで、深呼吸をしても全身に酸素が行き渡らない気さえする。  ただでさえ視線がからむと魂が揺さぶられるようなのだ。だいたい(つや)やかに彩られた唇が曲者なのだ、と思う。謳い文句は〝蕩ける甘さ〟に違いなくて、ついばむのがむしろ礼儀に適っている……そう、心の声がそそのかす。 「ん、もう、先輩ってば、下ろして!」  背中をぽかすかと叩かれて我に返った。  ふんだんにレースをあしらったスカートが、肩口で大輪の花のように広がって頬をくすぐってくる。絶対領域の、さらに上の聖域がちらつくさまは、目の毒のひと言に尽きた。  当麻はスカートとひとまとめに太腿を押さえつけておいて、敷居を跨いだ。大和が襲撃してくることを考慮して内鍵をかける。そして長机に沿って並べられた椅子のひとつに、そっと空良を下ろした。  夏至祭の要綱を書き記したホワイトボードといい、資料がぎっしり詰まったファイリングキャビネットといい、一般の会社のミーティングルームといった(おもむき)がある。  当麻にとっては生徒会長の座に就いてからこっち、第二の自室のように慣れ親しんだ場所だが、空良という特別な因子が加わった現在(いま)はそわつくものがあった。  備えつけのミニ冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出してインターバルを置く。グラスにつぎ分けて、それを供しがてら、あえて空良とは一脚おいて隣の椅子に腰かけた。  空良は緑茶をひと息に飲み干した。うれし恥ずかしさの裏返しで、当麻とふたりきりになるのはスカイダイビングに挑むくらい勇気が要ることのように思えた最前までとは打って変わって、心臓は甘いリズムを刻む。  心の中に〝当麻〟と題したフォルダがあって、彼にまつわるエピソードが充実していき、折に触れて思い出し笑いに顔がほころんだり、じわりと涙がにじんだりする現象が恋の特質。  原始の哺乳類から一足飛びに人類へと進化を遂げたように、理解(わか)った。

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