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第126話

「おお兄ちゃんがバックヴァージン? を奪うのは男のロマンみたいなことを言ってたことがあって。だから……」    当麻は反射的にグラスを摑みなおし、そこにメガトン級の爆弾が投下された。 「先輩にもらってほしいなあ、なんて。その、バックヴァージン?」    グラスが床にすべり落ちて、割れた。当麻はてきぱきと破片を掃き集め、その実、幽体離脱した状態にあった。  バックヴァージンをもらってほしい、もらってほしい、もらってほしい……だって!? 「もしもぉし、先輩、聞こえてますか?」  ちょんちょんと肩をつつかれた。当麻は張り子の犬のようにうなずく一方で、めまぐるしく頭を働かせた。  事、相手が常人にはおよびもつかない思考回路の持ち主とくれば、交際の基本理念にしたがってステップアップを図っている間に、勝手にとんでもない方向へと突っ走る恐れがある。  ならば諸々すっ飛ばして事に及ぶに至るにやぶさかではない、むしろ積極的に応じたいが場所はどうする? 自宅は駄目だ、同居する祖母がたいがい家にいる。では、ラブホテルにレッツゴーか?  「って、何をしている!」 「何って……借り物を汚すと困るから」    空良はバッテンに鳩目をくぐらせた紐をほどき、ビスチェを脱いで、たたんだ。ブラウスのボタンもついでに何個か外したために、腰をかがめた拍子に前が菱形に開いて、乳首がちらつく。  ベビーピンクの可憐な、それが。別名・ケダモノ誘発スイッチが、即座にすさまじい威力を発揮する。 「ふぁっ、ぷ!」  力いっぱい抱きしめられて(かかと)が浮いた。当麻にしがみつくと、触れ合わさった胸が競うようにドキドキという。顎に指が添えられて、つられて仰のくと同時に唇が重なった。  大人のキス、と空良は呟いた。舌がすべり込んでくると、瞳がとろりと潤む。  だが難問にぶつかって、夢心地の手前でブレーキがかかった。息継ぎはどうすればいいのだろう? 舌は……そう、舌を絡ませるのが正しい作法なのだろうか。 「ふ、わっぷ!」  窒息しそうになって唇をもぎ離した。だが、物足りない。続きをねだるふうにチラチラと上目をつかうと、耳許で囁かれた。 「あちらへ行こうか」  あちらとは応接セットのことだ。ふたりは運動会の当日にペアを組んだ二人三脚の選手のように、ぎくしゃくとソファをめざした。

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