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「ばっ! おま、酒がスーツにかかったじゃねぇか!」
「あらあらごめんなさいね~」
上すべりな謝罪と共に、ミフユはニコニコと笑顔でおしぼりを伊吹の顔面に叩きつける。
「熱っつ!! テメッ……」
「あら。アタシ、おじさんっておしぼりで顔拭くのが好きなもんだとばかり」
「まだおっさんじゃねぇ、いやそういう問題じゃなくてっ」
アキが慌てて走ってきて、ちゃんと適切な温度設定の濡れ布巾を伊吹のスーツに当てる。
「大丈夫ですか?」
「お、おお」
「ちょっとどうしたのママぁ」
遠くの席から呼びかけられて、「なんでもなぁい」と返す。伊吹の方は不満そうな顔だが。
「……ゴリラがボトル握り潰しやがって」
ボソッと零れたぼやきを、ミフユは聞き逃さなかった。
「誰がゴリラだって?」
「お前だよ! 他に誰がいる。如月ゴリラ。ゴリラ如月」
「あ゛ぁ?」
ギスギスとにらみ合っていると、伊吹の服を拭っていたアキがあの、と口を挟んできた。
「師走さんはストレートなんですか?」
「は?」
(……アキちゃん、今の話聞こえてたのかしら)
ミフユは一旦気を落ち着けて、アキの動向を見守ることにした。
「なんで急に髪の話」
首をひねる彼に、アキは嫌味なく笑って訂正する。
「師走さんの髪がサラサラなのは見て分かりますよ。そうじゃなくて、女性が好きなんですか?」
「あ? そりゃそうだろうよ」
見りゃ分かるだろ、と当たり前のように言う。
他意はないのだ。
(……はぁ。分かってる。分かってるわよ。それがかえって腹立たしいというか)
男が男を好きになるなんて異常事態は、自分にはまったく無関係だと信じている。
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