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 (……こうしたら、ちょっとは冷たいかな)  服から覗いた、汗ばんだ肌のことは意識の外にやり。  火照った頬に手の甲を当ててやると、眉間に寄った皺が少しは緩んだ。ミフユの体温も大概高いが。  「ん……」  吐息をこぼして顔をすりつけてくる伊吹に、遥か昔に意識の奥底に封じ込めたはずの欲望がむくりと首をもたげる。  「……さ……ら、ぎ?」  「…………っ」  血が巡り、薄赤く染まった唇が名前を紡ぐ。  艶のあるそれを指で弄ると、あまりに感触がやわらかくて、触れた指が震えた。  外では断ち切れた衝動も、狗山以外に観客のない車内では止まらない。  「伊吹ちゃん……ごめんね」  細身の顎をすくい、触れるだけの口付けを落とした。  薄目を開けて様子を見ると、伊吹はとろりとした目でこちらを見ていた。  「如月……?」  ちょっと触れるだけで我慢しようと思っていた理性が、ガラガラと音を立てて崩れていく。  (この状況が悪い。薬のせい。グラサンもどっかに落としてきたし)  人の目。理性。物理的に二人を隔てる物。  伊吹に顔を近付けても、そういった障害がない。  「伊吹……っ」  「ぁ、んぅ」  そのせいで行為は徐々にエスカレートしていく。  軽く重ねるだけだった唇が伊吹の唇を何度も啄み、舌を捩じ込む。ぬるりと包まれた温かい咥内がたまらなくて、形の良い頭を抱えて激しく唇を貪った。  「ん……っ、ふ、うぅ」  「……はぁ、伊吹……っ」  「えっ? ちょっ、だっ、うわ!? 何してんすかミフユさん!?」  ふと鏡を見て後部座席の様子を確認した狗山は、泡を食ってハンドル操作を誤った。対向車から死ぬ気のクラクションを鳴らされる。  「わ、わ、ちょっと!」  バタバタと態勢を立て直しつつ見てくる狗山をガン無視して、キスを続ける。  「きさらぃ、な、これ……?」  くちゅくちゅと舌を絡める合間に訊ねてくる伊吹は、ミフユのことを認識はしているらしかった。しかし、抵抗はされない。  汗ばむ額を撫でて張りつく髪をどけてやりながら、ミフユはくすりと微笑った。

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