89 / 191

3−30

 「なによ。……そりゃ伊吹ちゃんは結構長持ちするタイプだけどさ? 一回付き合ったら別れるまで絶対浮気しないし」  と、高校生の頃に伊吹がはじめて紹介してきた彼女を思い出し、心の中でハンカチを噛み締めたが、素知らぬ顔をしてそっぽを向いた。  「師走さんは、見た目を裏切らず一本筋通ってるのねえ」  モモに言われ、伊吹はせせら笑う。  「まあな。どっかの軟派な野郎とは違ってな」  「ナンパで悪かったわね」  (アタシだって、こんな片想いこじらせてなきゃもっとマシな恋愛してたっての。たぶん)  と内心ぷんすかしていると、  「ミフユちゃんにだってこんなに一途だしねぇ」  モモがさらりと爆弾を投下した。  げほごほと噎せる伊吹に、モモがあら?と小首を傾げる。  「だってそうじゃない?  何年も会ってないママのこと、忘れもせずに一生懸命探してさ。  再会してからだって、こうして足しげくお店に通ってきてくださるじゃない」  「だからそれは! ……っコイツは俺のダチだからで」  必死の形相で反論しようとする伊吹に、モモはあっさりと頷いた。  「そうよ。  だから、『師走さんは“親友”にだって一途で素敵ね』ってお話じゃないの」  狐につままれたような顔をする伊吹に、ミフユは呆れる。  (うーん、完全にモモちゃんの掌の上で転がされてるわ)  「にしたって“一途”なんて……ダチとの話で使うか」  もごもごとぼやいている伊吹にモモが笑う。  「そんな言葉を使いたくなるくらい健気だってこと。他の人に対しても同じ熱量なのかしら」  「あ?」  伊吹は眉を上げて、変な顔をする。  「いや……そこまでするかは知らねぇが。如月は、高校ん時からのツレだから」  「そう? 学生時代のお友達は他にもいらっしゃるでしょう」  「いるけど」  「その人たちにも、同じくらい熱くなれるの?」  訊ねられて、伊吹は、さらに変な顔をして唇を尖らせた。  「こいつは、別格だから」  ………………。  「だって、ミフユちゃん」  にま~と厭らしい笑みを浮かべながら振り向いたモモに、ミフユは最大限のしかめっ面で応えた。  「サイアク」  「やーん、ママ顔赤ぁい」とパピ江がひやかしてくる。  (マジで性質(タチ)が悪いのよ、伊吹ちゃんは!!)  ミフユは顔から火が吹き出そうになりながら、ガンガンと乱暴に調理台を拭き始める。  (ほんっとうに最悪! 恋愛的な意味じゃないからこそ!!)  憤慨するミフユに、伊吹は「サイアクってなんだ、こっ恥ずかしいのは俺もなんだぞ」とかなんとか、ズレた文句を言っている。  「知らないわよ! もうっ皆すぐサボるんだから――一応アタシ雇い主なんだからね、キリキリ働かなきゃ給料さっ引くわよ!」  それでもまだとぼけた伊吹と一緒にからかわれながら、ミフユは皆に古傷をつつかれ回された。 ・・・  午前五時。  このごろはこの時間になってもまだ辺りが暗い。  「伊吹ちゃん。いいの? こんな時間まで油売ってて」  店を閉めて、下のゴミ置き場でモモたちと別れたミフユは、後ろを振り返った。  閉店までずっと店にいた伊吹は、ミフユの顔を見つめ返して「別に」とそっぽを向く。

ともだちにシェアしよう!