90 / 191
3−31
「元々今日はオフだ。どっかで飲んで、帰って寝るだけのつもりだったから」
「男やもめの休日は侘しいわねぇ」
「うるせえ」
軽口を叩きながら路地裏を歩いていると、「そっちこそ」と声がした。
「ん?」
歩は止めず、ゆっくりと歩きながら右隣に視線を遣る。
「そっちこそ、さっさと帰んなくていいのかよ。家、店のすぐ上だったろ」
「うん」
スキニーのポケットに手を突っ込んで、プラプラと歩く。
「いいの。酔い覚ましだから」
「ふうん」
シャツ一枚だとさすがに肌寒い気もするが、酔って火照った体には早朝の空気が涼しいくらいに感じる。
「軽くアルコール抜いてから寝ないと、起きたとき二日酔いになっちゃうからさ。一日中頭痛が酷いし」
「飲み屋も大変だな」
「そうかな。結構楽しいけど」
ぽつぽつと他愛のない話をしながら、薄暗がりの道を歩く。
実を言えば、伊吹がいなければ今頃いつも通り帰って寝ていたと思う。
もう少し。
もう少しだけ、伊吹と二人きりでいる時間を作りたくて。
この時間を終わらせたくなくて、意味もなく道草を食っている自分を密かに笑う。
(子供みたいな恋愛してるわよね、アタシ)
伊吹と出逢ってから何年も経って、年齢を重ねて、それなりに恋愛の仕方を身につけたつもりでいた。
相手にのめり込みすぎず、あくまで自分を保ったまま相手との関係を築いていく方法。
だがそれは要するに、伊吹以外の人間がどうでもよかっただけなのだ。
伊吹が目の前に現れれば、その瞬間に初恋を迎えたばかりの高校生に戻ってしまう。
手で触れる勇気も持てずに、ただ自分の中でこの大切な時間を抱き締める。そんな未熟な。
(どこまで臆病なんだろう)
この心地よい停滞にいつまでも浸ってしまうから、進歩がない。
呆れながらもどこか可笑しく思っていると、
「……見つかるよ」
ぽつりと呟く声が聞こえて、足を止めた。
「え?」
ともだちにシェアしよう!