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3−33
伊吹の中は熱く濡れていて。
その熱に理性を蕩かされ、口付けは激しさを増す。
「ぁ……っ、ん……!」
舌先で敏感な部分を擽り、溢れた唾液を啜る。
その代わりに自分の唾液を流し込むと、伊吹の舌が押し返そうと暴れた。
押し戻してくる舌を絡め取って、逃げ道を塞ぐように唇で相手の唇全体を覆うようにする。
「は……、ぅ……っ」
指で顎を軽く上げさせると、否応なしに舌が下がって、喉がこくりと鳴った。
「ん……」
最後に軽く舌を吸って唇を離す。
眦を赤く染めて、瞳を潤ませた伊吹は、壁に背中を擦りながらずり落ちた。
「ふ……っ」
濡れた唇を震わせ、不足していた酸素を取り込みながら、伊吹は唖然としていた。
地べたにへたり込んでしまわないように腕を引いてやる。
抱いて支えてやろうとしたが、伊吹はその手を叩き払って、自分を見下ろすミフユを睨んだ。
ミフユも、黙ってその視線を見つめ返す。
どちらも何も言わない。
まるで視線を逸らした方が負けだと言わんばかりに。
互いの呼吸が落ち着いてきた頃、ふっと息を吐いて口火を切ったのはミフユだった。
「……他の男となんて、頼まれたって付き合わない」
二人の間に流れる冷え切った空気が頬を打つ。
しかし、身体は火で熱せられたように火照っていた。
「『きっといつか、どっかの誰かと幸せになれる』なんて……おまえが言うなよ」
語調が荒れる。自分でも知らないうちに、昔のような話し方になっていた。
「伊吹にそんなこと言われるの、おれ、いやだ」
『ミフユ』として八年間築き上げてきたものがすっかり取り除かれて、ただの『#美冬__みとう__#』に戻る。
この男の前では、何も取り繕えない。
「……何が不満なんだよ、てめぇは」
睨めつけられて、ちくりと胸が痛む。
「俺は、如月、てめぇが幸せになりゃいいと思って言ってんだ。ダチがダチの幸せ願って、何が悪い」
伊吹が友人として自分を大事に想ってくれていることは十分理解している。
こんな辛さは傲慢だと分かっている。
けれど、
「伊吹」
呼んで、頬に手を当てると、伊吹の肩がぴくりと跳ねる。
指先にひんやりとした感触が伝わる。彼もまた冷え切っていた。
「おれ……おれね。もう、友達のフリできないわ。
……ごめん」
図々しい苦しみだと分かっているが、もう堪え切れなかった。
「好きだ」
消え入るような声だった。
みひらかれた黒い瞳が、街灯の光を弾いて#瞬__またた__#く。
「好きだよ。
……おれ、おまえのこと、高坊んときからずっと好きだったんだよ。伊吹」
じわりと目頭が熱くなる。
鼻の付け根あたりもつんと痛んで、目を細めた。
「だから『他の恋人を作れ』なんて、言わないでよ」
にじむ視界を閉じながら伊吹に唇を寄せ、今度は、触れるだけの口付けをした。
頬に、ぬるい温度が流れ落ちる。
濡れた感覚のある睫毛を瞬くと、自分を凝視する視線とかち合った。が、その目に映る感情は読み取れない。
自分の頬を滑っていった雫は重力に従って、少し下にいる伊吹の頬に落ちた。
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