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ドレッサーの前に座り、母親の髪ゴム、ブラシを手にする。
髪の癖が強くて量が多いので、無理やり引っ張ればばちょんまげ程度には結べた。
そうしてふたつに結び、仕上げに母親のリップを取り出す。
ママは場合によっていろんな色を使い分けるからたくさん種類があったけど、アタシのお気に入りは桜色のグロスだった。
一番女の子らしくて、可愛かったから。
それを口に塗って、母がするみたいに上下の唇を擦り合わせる。
ぱっ、と口を開くと、唇が綺麗な桜色にいろづいていて、魔法みたいだなと思った。
閉め切られていたカーテンを開けて、外の光を入れる。明るい陽が射し込んだ。
踊るような足取りで、タンスの隣に置かれた姿見の前に立つ。
そこにいるのは、少し薄い色の癖っ毛を二つ結びにして、真っ白なワンピースを着た女の子だ。
唇はぷるぷるつやつやしたピンク色で、にっこり笑うと可愛かった。
身長が高い方なのでワンピースの裾を踏むこともなく、くるりと回ってみるとドレスみたいにまあるく広がった。
「……ふふ」
鏡の中にいる自分は、別人みたいだ。
そこに映る女の子はママそっくりで、子供だから頬に丸みがあって、ふっくりと赤い。
可愛い衣装に身を包んだ可愛い少女を、太陽の光がきらきらと白く照らす。
アタシはいつかに見た古いアニメの歌を歌いながら、くるくると回った。
タイトルと大まかなストーリーなら誰でも知っているような、有名なお話。
魔女の魔法で、灰かぶりの衣装から綺麗なドレス姿に変身したお姫さまは、舞踏会に参加してワルツを踊る。
素敵な王子様と愛を語り合いながら、夢のような時間を過ごすのだ。
その光景を思い浮かべながら、アタシは踊った。姿見の中にいる自分こそ本物のアタシなんだと思っていた。
「美冬?」
「!!」
突然声がして、心臓が止まりかけた。
風を切る勢いで後ろを振り向くと、きょとんとしたママの顔があった。
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