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 「あ、えっ? えっ……なんで?」  『いるの?』という言葉までは声にならなかったものの、ママには伝わった。  「あー、ちょっとさぁ。お店の設備がトラブっちゃったらしくて。今日は営業できないから帰れって言われたから」  まだアルコールも入っていないので、ママはけろりとしている。  めずらしくネギや人参や、食材がたくさん入ったレジ袋を二つ手に提げていた。それを床に置いて、襖にもたれかかった。呆然と立ちつくすアタシ。  「あんた、学校は?」  「お、終わった……」  「そ」  頭が混乱して、何か言わなきゃいけない焦燥感に駆られる。  「あっ、あの、ごめんなさい。ママの服と口紅、勝手に使っちゃった……」  ワンピースの裾を握り締めて、唇を引き結んだ。  小学校低学年でも、自分のしていることが変だっていうのは分かっている。  「ごめんなさい……」  俯いて、もう一度繰り返す。  そのまま顔も上げられず黙っていると、ママがアタシの前に立った。  「美冬」  びくっと体を竦める。 ――怒られる。  『なんであんたがそんな格好してるの』って、  『男の子のくせにおかしいでしょ』って、怒られる……。  「可愛いじゃん」  だけど、かけられたのは――予想よりずっとずっと、柔らかい声だった。  「……え」  頭を撫でられる。  驚いて顔を上げると、ママは微笑んでいた。  柔らかい手が、結んだ髪を乱さないようにアタシの頭のてっぺんをぽんぽん叩く。それから何事もなかったように「ご飯作るよ」と言って、踵を返した。  「ママっ」  『怒らないの?』と訊こうとしたアタシに、ママは茶目っ気のある笑顔を浮かべて、ワンピースを指差した。  「それ、あげる」  「いいの!?」  「だって、あたしより似合ってるんだもん。あんた」  勝手に服や化粧品を借りたことを怒られもしなければ、女の子の格好をしていることを否定されることもなかった。  似合ってる。ママより似合ってる、だって。  アタシは、この上ないくらい嬉しくて、顔を綻ばせた。

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