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「ありがとう! 嬉しい、ママ、ありがと」
何度も繰り返すアタシに、ママはおかしそうに笑っていた。
その夜は久しぶりに、二人で手作りのご飯を食べた。
この日のことは、二十年経った今でもはっきり覚えている。
貰ったワンピースを着たまま、鍋の汁が跳ねないように細心の注意を払いながら。
学校であったことや昼休みに友達と遊んだことをママに話して、笑い合った。
家に男を連れ込むときの女の顔をした母は嫌いだったけど、そんな思い出もあったから、それでも愛していた。
だから、母が店の常連客だった男と再婚することも拒まなかったし、その男が自分を殴ることも甘んじて受け止めた。
そして、男の連れ子だった、同じく反吐が出るような息子を義兄 と呼ぶことも受け入れた。
「おい」
あいつはいつもアタシをそう呼んだ。
両親が再婚したとき、小四だったアタシに対して義兄は当時小六。
年のわりに成長が早くて声変わりもしていた兄貴は、子供にしては身長が高い程度のアタシにとって脅威だ。
子供のくせにプリン頭でピアスを開けた兄貴は、ところかまわずアタシを呼び付けた。
父親そっくりのきついつり目に、薄い唇を歪ませて。
家で寝ているとき、何か食べているとき、学校で友達と話しているとき。こっちの事情は知りもしない。いつでも、呼ばれたらすぐに「はい」と駆けつけなければ、後でぼこぼこにされた。
義父にも暴力は奮われていたけれど、元々半グレでやってきてある程度加減を知っている義父とちがい、ませているだけで経験の浅い兄貴は好きなだけ力を奮った。
血の繋がりがないから容赦もない。
とくに、ある日は最悪だった。
「おい。お前、なにしてんの?」
その日のアタシは運の悪いことに、再婚以来ずっと我慢していた趣味に手を出していた。
姿見の前で、ママがくれた白いワンピースを自分の体に当てて眺めていたのだ。
「それ、あの女の服じゃね」
急に後ろから声を掛けられて、ざっと血の気が引いた。
――油断した。油断した。
だって、ママは昼も夜も仕事で、父親は誰かと遊びに行ってて。
お兄ちゃんもランドセルだけ置いて靴がなかったから、どこかに遊びに行ったんだと思っていた。
――最近はいつも家にママ以外の人間がいて、ずっと我慢してたから。もう、抑えきれなかったから。
おそるおそる振り向くと、兄貴の友達も二人後ろから覗き込むようにしていて、目の前が暗くなる。
「おいナツキぃ、何やってんの――って、あれ? 弟?」
「お前兄弟いるって言ってたっけ?」
唯一の出口である襖を年上の男子三人に塞がれ、ニヤケ面でジロジロ眺められるのは居心地が悪い。
持っていたワンピースを握り締めるようにして、震える息を呑んだ。
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