100 / 191

3−41

 兄貴は嘲り笑って、冷たく言い捨てた。  「言うわけねぇじゃん。親違うし。同じ家にいるだけのただの他人だもん」  「お前ひっでぇ!」と笑いながらこっちに近付いてきた一人と、目が合う。  「名前なんていうの? つか、それ持ってるの何?」  歯の根が合わなくてまともに喋ることもできない。上の歯が一本抜けている兄貴の友達は、いつまでも返事が返ってこないので不快そうに顔を顰めた。  「え? お前男だよな。妹じゃないよね」  ワンピースを指差されて、どくりと心臓が鳴る。  今日はまだ服に袖を通していなかったけど、アタシが異質なことをしているのは目に見えて分かる。  案の定指摘されて、押し黙った。  「また黙るのかよ。つまんねー、ナツキと全然似てない」  「だから血繋がってないって言ってんだろ」  チッと舌打ちした兄貴は、どすどすと足音を立てて近付いてきた。  すぐ横に顔が来て、睨み付けられる。  「おまえさ、なんかいつもナヨナヨしてるよな。  キッショ、男のくせに」  「……ごめんなさい」  「キショイ」  「ごめんなさい……」  ケケッと悪魔顔負けのあくどい笑い声を漏らした兄貴が、握っていたワンピースに手を伸ばした。  「なんか変だなーと思ったら、やっぱオカマだったんだ!」  「!!」  ぐいっと乱暴に引っ張られて、薄い生地がみしりと嫌な音を立てる。思わず状況も忘れて、出したこともない大声を上げていた。  「やめてよ!!」  兄貴の手を叩き落として、服を取り返す。命よりも大切なそれを守るように抱えて蹲ると、ぞくりとするような声が降ってきた。  「……ああ?」  義父が家族を殴り始めるときに出す声にそっくりだ。  兄貴はいつも自分がされていることをアタシにやって、ストレスを打ち消そうとする。  「キモオカマのくせに反抗してんじゃねーぞ!」  横腹に蹴りが入れられて、うぐぅ、と呻き声が漏れる。当然その一発では収まらず髪を鷲掴みにされて、顔や肩、背中、至るところを殴られて、蹴られた。  「おまえらもやれ!」  「いいの? もうボコボコだけど」  「いいって。その服取って、破ってやろうぜ」  頭上で悪魔の会話がされている。  いま胸に抱えている服を手放したら、この悪魔たちに奪われて壊されてしまう。  「おら、離せって! ぶっ殺すぞ!」  「嫌! いや!」  アタシは、常になく粘った。  掴まれた髪が抜けて悲痛な音を立てようと、頬を引っ掻かれようと丸まってその場から動かない。  だけど三対一で襲われたらどこかで隙ができて、抱き締めていた服を誰かに引き抜かれた。  「あっ……!」  「ナツキ、パス!」  白い塊を受け取った兄貴は、ニヤリと笑って部屋を飛び出す。  ここのアパート一階のベランダは、川沿いに面している。ベランダの手すりを越えて、あいつは土手まで突っ走っていった。  アタシと他の二人もその背を追いかけていく。

ともだちにシェアしよう!