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 その言葉にハッとした。  「そうだよ」  呟くと、おれが肯くとは思っていなかったのか、師走が片方の眉を上げた。  おれだって、気持ちはこいつと一緒だ。  「おれは……大切なものを守りたいから強くなった。強い奴だけが、大事なものを失わずに済む」  言いながら、唇が震えた。  同じ考えのはずなのに――なんで自分が間違っている気がしてくるんだ。  「そうまでしてテメーが守りたいものって何だよ」  「……え?」  師走のその問いに答えられないのはなぜだろう。  おれの守りたかった、大切なものって、なんだったっけ。  白いワンピースが脳裏に浮かんだ。  それを着て、おれが踊る姿を見て微笑んでくれた母親の顔を思い出す。 ――優しくて、可愛くて。  あまりにも弱々しくて、すぐ壊れてしまうけれど。  だからこそお腹に抱えて、大切にしていたかった宝物。 ……おれの、守りたかったもの。  強くないと、守れない。  強さとは、男らしさだ。  だからおれは、他の誰より男らしくいないといけない。  強い男は弱い女を(くさ)すもので、その弱さを蔑みながら愛でなければならない。そのはずなのに。  どうして幼い頃の『アタシ』が、『おれ』を睨みつけてくるのか。  「おれが、間違ってるとでも……?」  揺れる声で零したおれに、師走がすぱりと切り込む。  「てめえ、強さを履き違えてんじゃねえのか」  その言葉は、暗く澱んでいた視界を一息に晴らした。  「おれは……」  応えようとして、言葉にならない。  おれは兄貴の影に追われて、必死に逃げているうちに、いつしか兄貴そっくりの人間になっていたのだ。  自分の力に酔って弱者を嗤い、何より守りたかったはずの可愛いものを――穢す。  「クラスのバカども牛耳って、そいつらに力誇示するために何も悪くねえ女の先生泣かして。それがお前のいう『強い奴』かよ」  違う。  おれは、先生に嫉妬してたんだ。  自分にはできない可愛い格好も、化粧もできて、綺麗なイヤリングをつけたあの人に。  自分ができないから彼女にもそれを強制しようとした。身勝手だ。最低だ。  「そうだってんなら俺はお前をシバく。  弱きを守り強きを挫く、これが俺の生き方だからだ」  下から見上げる師走の顔は、痣と傷だらけだったけど格好良かった。  おれがなりたかったのは、こういう強さを持った人間じゃなかったか。  なんで間違えた?  今からでも、戻れるのか――。  「おら、まだ納得いかねえか? なら殴り返してこいよ。ぶちのめしてや――――」  「ふえっ」  「え」  およそ十年ぶりに、ひさしぶりに人の温かい心に触れたおれは、か弱かった頃の“アタシ”を思い出して―― ――大量の涙を流していた。  「こっ、こっちです! 早く! 中で二人が――!」  応援を呼んできたナミ先生が、バタバタと慌てて教室に飛び込んでくる。  ぞろぞろ男手を連れて入口に立ったとたん、ポカンとした。  中に入ってまず目につくのは、顔を両手で覆いながら号泣しているおれと。  次に、そんなおれの胸ぐらを掴み、拳を振り上げたまま呆然と馬乗りになっている師走だ。  「二人が喧嘩して……えっ……? えっと」  先生は目を瞬かせながら、おれと師走を交互に見た後で。  「……師走くんが、如月くんを、泣かせてます」  急に小学校みたいになった。

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