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「えっノンケだったの!? 初めてが俺でよかった!?」
「いーよいーよ……そう、ノンケ『だった』ね。過去形」
「そっかぁ。じゃあようこそ新世界へって感じか。
ウェルカム・トゥー・ザ・ニューワールド?」
「なにそれ。英語で言いかえただけじゃん」
乾いた笑いを零すと、おにいさんが飛びついてきた。
「ま、ま! 恐れることはないって。女も男もイケるならどっちも楽しんどきゃいーじゃん――熱っつ!」
「うわ灰落ちるって、危な」
慌てて煙草を灰皿に置いて、灰がかかった肩を払ってやると、おにいさんは素朴な顔を照れ臭そうに緩めて笑った。
「ごめん。俺、歳のわりに落ち着きがないってよく言われるんだ」
「いいけど、火傷してない?」
「ああ、大丈夫」
そのまま首に腕を回してきてキスをされる。
うん。女も男もイケるというか。
「ミフユくん、もっかいしない?」
「歳のわりに元気すぎない?」
「それもよく言われる」
女の子相手にしてるときよりも楽しいんだよなあ、男。
参った。困った。
これで確定してしまった。
おれは自覚がなかっただけのゲイで、伊吹のことが恋愛的な意味で好きなんだと。
せっかく『誰より男らしくいなきゃいけない』という呪縛を解いてもらった気がしたのに。
今度は『男が男を愛するのはまずい。それが友達相手だったらもっとヤバイ』という、新たな呪いをかけられてしまったのだ。
おれは男が好き。
伊吹のことが好き。
でも、それを表に出すことは許されない。
バレないためには日頃から男遊びできず、積極的に女好きアピールをする必要がある――と、自分で自分を縛り付け。
その反動からか、女関係は激しかったしどれも長続きしなかった。
高二の冬を迎える頃には、おれは不良との喧嘩に加えて下半身方面の噂も立つようになり、完全に悪目立ちしていたものの――二月に転機が訪れたので、実際に何か問題が起きることはなかった。
「如月、急いで来い」
英語の授業中に教室に顔を出した荒センは、いつになく強張った顔をしていた。
何の説明もされずに連れ出されたので不服だったが、先生の車に乗せられ、向かっている先が病院だと分かるとただ事じゃないと気付いた。
「センセー、何があったの。かなりヤバイ事?」
運転中に聞いてみても、『あぁ』とか『いや』とか、はっきりしない答えしか返ってこない。
おれは漠然とした焦燥感を覚えながら、仕方なく車に揺られた。
十数分後、地元で一番大きい総合病院に着き、受付に寄った荒センはそこに詰めていた看護師に話しかけた。
「東高校の教師をやっている荒川ですが」
奴がそう名乗ると、看護師はああ、と椅子から立ち上がった。
「如月美冬君を連れてきました」
今までこいつにそんな丁寧な呼び方をされたことがなかったから、なんだ気持ち悪、と思った。尋常じゃない空気に耐えられなくてそんな風に思ったのかもしれない。
俺に目を向けた看護師の女性は、確認するように尋ねた。
「如月美冬さんですね」
「はあ」
あいまいな返事で認めると、三階の西棟にある病室に行くように言われた。
「そちらの個室に、如月美香さんがいらっしゃいます」
――母さんだ。
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