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 「あいつらには、バカやりながら普通の人生歩んでほしい。だったら、おれとはもう関わらない方がいいっしょ」  後ろの方を見れば、あいつらはまだ何か騒いでいた。こっちのやりとりには気付いてもいないようだ。  「他にやり方はねぇのか」  伊吹が静かに問う。  『引き返すならこれが最後だ』と言われているように思えた。  けれど、おれはすげなく答える。  「ないなぁ」  返答を聞き、呆れたように肩をすくめた伊吹におれは笑った。  「心配?」  「きめー訊き方をすんな。別に、そういうことじゃない」  「大丈夫大丈夫。おれ、強いから」  『俺の方が強ぇ』という軽口を期待していたのに、返ってきたのは思いのほか真剣な声だった。  「知ってる」  つい隣に目をやる。  と、伊吹はおれのほうは見ないまま眼下の街を眺めていた。  街から漏れ出る光に、整った横顔が照らされている。  「お前は強いけど、弱ぇから心配だ」  「……そんなこと言われるとは思わなかったな」  おれの煙草は、咥えるポーズだけでほとんど吸っていなかった。それよりも伊吹の言葉に気をとられる。  「間違ってはねぇだろ?」 ――そうかもしれない。おれは、心は弱いから。  心の弱い奴が力を持ち過ぎれば、暴走したときに誰も止められなくなる。  中身のもろさが凶器になることはナミ先生の一件で痛感している。  あのときは伊吹がいてくれたから留まれたけど。  「俺がずっとお前のそばにいてやりゃ、安心なんだがな」  こっちの思考を読んだかのようなことを言われて、おれはばしばしと伊吹の背中を叩いた。  「やーん、それってプロポーズぅ?」  「痛って! やめろ!」  抱きつこうとして、腰に足蹴りを喰らって笑いながら、心臓はバクバクしていた。  俺がずっとそばにいてやれば、なんて。  変な意味じゃないのは重々承知ですけれども。  「気にかけてくれてさんきゅ、伊吹ちゃん」  ニコニコと微笑んで肩に手を置くと、伊吹はフィルターをがじっと噛んだ。  「あー、なんかお前変わったよ。その図太さがあればどこでもやっていける」  「いやあ、この一年ちょっとでずいぶんとな。  伊吹ちゃんとの関係も、一年前からじゃ想像もつかないくらい深まったなあ」  「妙な言い方すんじゃねぇ!」  おれはひとしきり笑って、伊吹はキレ芸を披露した後で、ふっと静かな時間が訪れる。  「俺が止めてもお前の意志は変わんねぇんだろうな」  おれはその質問に答える前に、煙草をすうっと大きく吸い込んだ。  それから吐き出すと、夜空に白い煙が立ち昇っていく。  「そ」  頷くと、今度は伊吹が煙を吹いた。嘆きだろうがため息だろうが副流煙に紛れ込んでしまうから、こういうとき煙草は便利だ。  「そうか」  伊吹はなんでもないことかのように、淡々と告げた。  「……死ぬなとは言わねぇ。てめぇは殺しても死ぬタマじゃねぇからだ」  「えらい言い様だな、オイ」  苦笑を返すと、ドン、と胸の上を拳で突かれる。  「自分を見失うんじゃねえぞ、美冬(みとう)」  そう言うと、伊吹は薄く笑った。  その顔は生涯見た中で一番可愛くて、最高に格好良かった。

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