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 もしくはアキみたいに、心が女性であれば、違ったアプローチができていたかもしれない。  けれど、自分は女になりたいわけではないのだ。  中途半端な存在だと我ながら思う。  だからどこで失敗したのかと言うなら、きっと生まれたこと自体間違っている。  川の水に浸けられて以来、タンスの奥底にしまいこんで二度と着なかったワンピース。あれが自分なのだ。  あの日、意識を取り戻して家に帰ると、もう誰もいなかった。  ミフユは濡れたワンピースを握り締めて、静かな洗面所に立ち。  ひとり泣きながら泥のついた布を洗っていたが、お気に入りの服はいくらすすいでも茶色の染みがとれなかった。  あのいつ捨てられたのかも分からないワンピースは、ミフユの頭の中で今でも、暗く湿ったタンスの中に押し込まれている。  薄暗い引き出しの中で、茶色く染まってしまったワンピースは、しわくちゃになっている。  取り出されて日の目を見ることは二度となく、ひっそりとその生涯を終えていく……。  それが“アタシ”なのだと、ミフユは改めて実感した。  汚れたみじめなワンピース。  (それならそれなりに、生きなきゃ)  腐りそうになるけれど、伊達に三十年生きてない。  特にこの十年で、気持ちを切り換えて何食わぬ顔で生きていく術を身につけた。  「さっ、いいかげん顔洗わないと」  意図的に明るい声を出して自らを鼓舞したミフユは、一度大きく息をついて部屋に戻った。  伊吹のことはすっぱり諦めて、いまは自分にできることをしよう。  モリリンを薬漬けにした連中をとっちめて、あの子を救わなければ。  「さあメロンちゃん、モモちゃん! 今日も元気に明るくお客さまに【大冒険】させてあげるわよ!」  「はーい」  「ママ、今日は一段と張り切ってるわね」  仲間を奮い立たせるていで自分の気分を上げながら、開店準備を進めていたところに、玄関のベルが鳴る。  「あら。開店時間はまだなんだけど。一見さんかしら」  「いいわ、アタシが行くから」  出て行こうとしたモモに代わって、ミフユが入口の扉を開ける。  「ごめんなさいね! お店が開くまでもう少しお時間がかかるんですけど――って、アンタ」  「あ、すんません。忙しいときに」  扉を開けた先でミフユを出迎えたのは、伊吹の舎弟――狗山だった。  「例の件でえらいことが分かったんで、ご報告にきました」  『けど』と店内をざっと見渡した狗山は、怪訝そうに伺う。  「兄貴はどこに……? ここにいると思ったんですが」  「伊吹ちゃんなら、来てないわよ」  答えると、狗山はさらに不思議そうにして首を傾げた。  「え? あれ、おかしいな。来るって言ってたのに」  ぽかんとした狗山の表情に、ミフユは妙な胸騒ぎを感じた。

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