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3−63 『八年前のこと』

・・・  如月と喧嘩別れした後で、伊吹は悶々としていた。  自宅に戻り、風呂に入っている最中にも如月の顔がちらつく。  ベッドに横になって何もすることがなくなると、いよいよその事ばかり考えるようになってしまった。  「あの野郎……すぐ泣きやがって。男のくせに」  暗い寝室の中、伊吹はひとりごちる。  突き放すような言い方をしながら、路地裏でしたやりとりが頭にこびりついて離れなかった。 ……初めて会ったときも泣いてたっけ。  高校ではじめて顔を合わせたときも、伊吹に殴られて如月は泣いていた。が、それはあいついわく痛いからという理由ではなく、喜びの涙だったらしい。  『あれで憑き物が落ちたんだ』と、いつかそう話していた。  その事についてはあいつがそれ以上語ろうとしなかったので深入りしなかったが、改めてよく考えてみる。  彼を苦しめる憑き物とは、なんだったのか。  あの頃の如月は、『強くあること』に拘泥しているようだった。  強いとはすなわち男らしい男であることで、そのためには女――弱い者を支配下に置いて、力を見せつけなければいけない。  そんな偏った考えを、如月はなんとなく……ではなく、強迫観念みたいに抱いていた。  それこそ憑りつかれているように。  強くなければいけない。  そのためには、より男らしくなければならない。  『男らしくないと強くなれない』……『女みたいだったら弱い』。言い換えればそういうことじゃないのか。元々は女みたいで弱くて、それだと困るから、真逆の人間になりたいと――そう望んだとしたら?  「……そうだ」  如月は、昔から泣き虫だった。  誰より喧嘩が強いくせに変なところで弱っちくて。あいつが強いようで実のところそんなに強くはないことを自分は知っている。  知っているのだ。  如月はこうも言っていた。伊吹と出会うよりずっと前から、『“アタシ”は“アタシ”だった』と。  彼がさんざん叫んでいたことが、ようやく自らの腑に落ちた気がした。  「……あいつは……変わってないのか?」  あいつは本当の自分を隠すのが上手かっただけで、『強くて男らしい如月美冬』のほうが作られた性格だったということだろうか。 ――馬鹿なのか? 如月はずっとそう言ってただろうが。  自身を辛辣に罵りながら、伊吹はそれなら、とさらに思考を巡らせる。  路地裏で彼に口付けをされ、想いを告げられたとき、それがあまりに唐突な裏切りに感じられた。  だが、本当にそうなのだろうか? ――思い出せ。  思い出せ、と、なにか重要な事実を見落としていないか自分の記憶に揺さぶりをかける。  少しもしない内に、【EDEN】襲撃後のことを思い出した。  あの夜、伊吹は未遂とはいえ如月と関係を持った。  そのあとにあいつは何か言っていなかったか?  『これじゃ、組を離れた意味がなかった』。  『これ以上そばにいたら、強引な手に出てしまいそうだったから……』。  眠たげに降りていた瞼を大きく開く。  如月は、あのときにも本音を吐いていたじゃないか。  それをなかったことにさせたのは、誰あろう自分自身だ。  それが分かると、過去の自分にも自信が持てなくなっていく。  もっと昔。その頃にも伊吹はなにか重大な過失を犯してはいないだろうか。  考えていると、ふと遠い日のことを思い出した。  如月がまだ鳳凰組にいたときのことだ。

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