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明け方になって家を出た伊吹は、【大冒険】の近くにある喫茶店に入った。いつか、如月との作戦会議で使った店だ。
そこで軽く腹ごなしをしながら、これから如月と顔を合わせたときのことを考える。
まず、何から話すべきか。
(――殴って悪かった。これは伝えるべきだろ)
そして、謝って、それから何を言おう。
(アイツの求めてるもんはなんだ……)
如月は、本心では伊吹とどうなりたいんだろうか。
口では今回の事件が片付いたらそれっきりだと言っていたが、それはあくまで伊吹が今まで通りの関係を望むのなら、という前提のはずだ。
もう友人のままではいられないから、離れる。
では、如月の究極の望みは、伊吹に恋人として受け入れられることだろうか。
(……俺がアイツと――男と付き合う? できるのか、そんなこと)
長年堅持してきた常識という壁は、厚い。
如月が同性愛者のオネエとして生きることは既に受け入れている。
だが、伊吹自身に変化が求められることに関してはどうか。
如月とこのまま終わりたくない。
じゃあ、彼が望むように関係を進展させるのか?
仮に恋人同士という関係になったとして、伊吹は本当に変われるだろうか。
男と女でするように、如月を愛せるのか。
(そもそも、男同士と男女の恋愛を一緒にしていいのかよ? いや、分けて考えるほうが差別になんのか? 分かんねえ)
伊吹一人で考えたって答えは出ない。当事者の如月がいなければ。
頭が混乱してくるが、ひとつだけ確かなことがあった。
如月が何を言おうがゴネようが、伊吹は彼と縁を切るつもりは微塵もないということだ。
(どうしてそこまで離れたくない?
この先も如月といるためには、アイツの希望に応えてやんなきゃいけねぇんだぞ)
……もしかして、それでも構わないと思っている?
「な…………」
朝の静けさに満ちた店内で、一人愕然とする。
自らの唇に触れて、昨夜のあのキスを思い出すようになぞった。
一度、常識という枠組みを外して考えてみる。
(俺、あのとき、嫌だとは思わなかった?)
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