138 / 191
4−8
体を起こそうとして舌を打った。
伊吹は安っぽいパイプ椅子の上に座らされ、建物の支柱に椅子ごと縄で体を括りつけられていた。
手と足はそれぞれまとめて結束バンドで縛られている。
ガタガタと音を立てながら身じろぎしてみるものの、縄もバンドもびくともしない。
無駄に体力を削るのは得策に思えず、拘束を解くのは渋々断念した。
「くそったれ」
拉致されて半日は経っている。
少なくとも、伊吹と合流する予定だった狗山が異変に気付いているはずだ。
そこから組全体に連絡が回って――如月にも話がいくだろうか。
(そうなればいい。アイツなら、多少ブランクがあっても組を動かせる。俺の代わりに)
しかし、いかんせん自分の現在地が分からない。
ただ、あかりとりの穴からは電光看板や乱立するビルが見えた。
その中にちらほらと見覚えのある屋号が光っているので、ここは新宿のどこかにある廃ビルだと推測できる。
目線の高さからして、おそらくは四階から六階。
ここが新宿なら、まだ救いはある。
とっさに如月の顔が浮かんだ。
如月は、自分を探しにくるだろうか――。
結局、謝る機会を失ったままここに連れてこられてしまった。
如月は、伊吹が昨夜のことを反省しているのを知らない。
(あいつは未だに、俺たちの関係が終わったままだと思ってる)
あの臆病な奴が、あれだけ頑なに自分を拒絶した男のことにこれ以上深入りするのか。
(助けが来なければ、俺の自業自得ってことだ)
そう思って自嘲する。
如月が二人の関係を保つため、自分の欲を捨ててまで守ってくれていた絆を、伊吹の未熟な返答でないがしろにした。
大切な人間の心を踏みにじった罰だ。
(来てくれたらそれでいい。来なくても、俺がくたばるだけだ)
割り切って、状況が打開されるまでじっとしていようと体の力を抜くと、後ろから靴音が響いた。
息を止めて音の出所を探る。
足音は等間隔に迫ってきて、こちらに近付くにつれ反響は小さくなる。
すぐ耳元でコンクリートを打ち鳴らす音がしたかと思うと、急に目に光が飛び込んできた。
「っ!」
咄嗟に目を瞑って顔を逸らすと、ぱっと明かりが外される。その代わりに足元に白い二重の輪が浮かんで、何者かが懐中電灯で自分を照らしているのだと分かった。
「お目覚めですか」
いまどき安っぽいドラマでも聞かない、悪役じみた台詞が上から降ってくる。
わざとらしい問いかけに伊吹は顔を顰めた。
「テメェ、どういうつもりだ……水無月」
ともだちにシェアしよう!