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 コツ、と靴を鳴らして男が前方に回ってくると、そのやたら整った顔が浮かび上がった。  下を向いている懐中電灯が床全体を照らし、装飾過多な紺のスーツを浮き彫りにする。  その様はどう見ても『歌舞伎町のカリスマホスト・遥斗』で、鳳凰組と並んで東京を牛耳るヤクザ『彩極組の若頭の水無月春悟』にはとても見えない。  「やはり、僕の素性は知られてしまっているようですね。あの時のオネエさん――じゃなく、鳳凰組の師走伊吹さん」  にこりと微笑む彼は愛想がよく、ホストらしい。  「テメェ、若作りが相当にうまいらしいな。ホントはいくつだよ」  見た目年齢はせいぜい二十代半ばだが、さすがにその年であの規模の組の若頭を張ることは難しい。  本当は伊吹よりも年上じゃないかと踏んだが、水無月は答えることなく微笑を浮かべるだけだった。  「実のところ、こちらに無駄話をする余裕はないんです。ですから、簡潔に尋ねます。 ――僕のことを知っているのは誰です?  誰が、どこまで知っている?」  「答えると思うか?」  鼻で笑うと、作り物めいた笑みがふっと消えた。  「僕はね、荒事は好きじゃないんです」  伊吹の顎を掴んで上向かせる。ひたりと頬に冷たい感触が当たって、伊吹はひそかに唾を飲み込んだ。  視界の外に銀色の鈍い光がある。  それを認めた瞬間、頬に鋭い痛みが走ったが、眉を一つ動かしただけで声は上げなかった。  「痛みには強そうだな。コレはやめましょう。こっちの気分も悪いし」  血が付着したナイフを床に放って、水無月はつまらなそうに言う。  「お前、アキを利用したな」  伊吹が口を開く。  すると意外そうに見られて無性に腹が立った。  「アキ? ――ああ、あのホモの子」 ――自分は、元からそう気の長い方ではない。  商売敵や舎弟にキレ散らかすのもしょっちゅうだし、特に狗山にはその尻拭いをさせて面倒をかけている自覚もある。  けれど、脳の血管が沸き立つような怒りを感じたのは、数年ぶりだった。  「てめえ……」  低く声を絞り出す伊吹に対して、水無月は鷹揚な口ぶりで応える。  「意外だな。あの子と付き合いがあったんですか?  貴方は『ああいうの』、嫌いなタイプの方だと思っていましたが。  ああ、そういえばこないだも別のオカマさんと一緒でしたっけ? もしかしてそういうご趣味で?」  伊吹自身を侮辱されるのは腹が立つ。  だがアキや如月までコケにされるのは、その五倍苛ついた。  「テメエ、アキと付き合ってるんじゃねえのか」  「はい?」  「自分の女をそういう風に言うのかよ」  そのとき男が見せたのは、『何の話をしているのか分からない』とでも言いたげな表情だった。  煽りなどではなく、心底伊吹の言葉の意味がわからないという顔だ。

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