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4−11
「潮時だというところまで、アキには優しくしてあげましたよ」
手術を受け身体も女になって、いつかは籍を入れたいと言っていた。
「てめぇのために体に大穴あけようとしてる人間を、よくそんな風に扱えるな」
「大穴?
ああ、もしかして性転換でもするつもりだったとか?
意味ないんですけどね。
体が女になろうが、あいつはもう切る」
彼女がどれだけのリスクを背負ってこの男との将来を守ろうとしていたのか。
それを知っている伊吹は、椅子ごと跳ね上がり、また水無月の腹に頭突きを喰らわせた。
男はあっけなく吹き飛ばされて尻餅をつき、驚愕する。
「すごいな。その状態でどうやって起き上がったんです?」
感銘を受けたかのように大げさに驚いてみせる水無月に、伊吹は手負いの獣じみた目を向けた。
「てめえは殺す。
そうだ、お前みたいなのを言うんだよな。
……女の腐ったような……いや、人間が腐ったようなのっつーのはァ」
殴ろうにも四肢を拘束された状態では、ろくに身動きも取れない。
地面に転がって手枷だけでも外そうともがく伊吹の上に陰が差した。
「みのむしごっこですか?」
にっこりと笑う水無月のほうには、縛る物は何もない。
優位に立って余裕綽々と膝を折った男は、暴れる伊吹の肩を抑えた。
そして、
「やっぱり、貴方は爪を剥いだ程度じゃ口を割らないでしょうね。
コレ、何か分かりますか?」
そう言って水無月がジャケットの下から取り出したのは、注射器だった。
伊吹はそれを認めて目を瞠る。
「あなた方はこれを追っていたんでしょう。
便利ですよ? 甘い快楽で人の思考力を奪い、骨抜きにする。
脳を破壊された中毒者は、涎を垂らしてこれを欲しがるようになる。
そんな人間に注射器 を打ったり打たなかったりと、アメとムチ的にうまく使えば、自白剤としても役に立つんです」
シリンジに詰められた赤い溶液が毒々しい輝きを放っている。その血色の液体は――
「【禁じられた果実】とはよく言ったものです。一度手を出せばおしまい。
『元の生活』という楽園には、二度と戻ることができない」
水無月の指が注射器の中身を押し出し、針の先から二、三滴赤い雫が滴った。
危機を悟って身を捩る伊吹を膝で抑えつけて、袖をまくり上げてくる。
「そういえば、師走さんはあの日一度これを経口摂取したはずですね。あの量を摂ってピンピンしてるんだから化け物だな」
「離せ!!」
「でもまあ摂取回数を増やしていけば、いずれどんな獣でも落ちます」
抵抗が敵わず晒け出された伊吹の腕に、注射針が刺さる。
「個人的には、媚薬作用で苦しむ貴方を見るのが少し楽しみですよ」
張りついた笑みを浮かべたまま鬼畜の所業に走る水無月を睨みながら、理性が溶けていくのを感じる。
(頭がぼやけやがる……くそ)
――――あいつにまた、会えたら。
血にも似た溶液が伊吹の中に流し込まれていく。
その様子を開いた瞳孔で見つめながら、彼のことを考えた。
――――もし、《三度目の再会》を果たせたなら。
今度こそ、あいつを全ての呪縛から解放してやりたい。
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