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「ミフユさん。そういうの、ちょっと古いですよ」
アキの唇に、こちらを茶化すような笑みが浮かぶ。
ミフユが見たことのない、彼女らしくない意外な表情だったが、不思議とそういった顔もしっくりくる気がした。
何年一緒にいても、その人の知らない顔というものがある。
「そうかしら。実際古い人間だもんでね――アタシ流にやらせてもらうわよ!」
先に動いたのはミフユのほうだった。
様子見のために軽いジャブを繰り出して、相手がどう出るかを見る。
黒帯だと言ったアキの言葉に嘘はないらしく、反応が早かった。体幹を維持したままミフユの拳を軽くいなして、すかさず距離をとる。
反対の手でもう一度攻撃を加えたが、それもアキの左腕に塞がれた。
足ばらいを仕掛けても引っかからない。
隅に追い詰めようとすれば、その前にするりと脇を抜けて行かれる。
(なるほど……アタシにアキちゃんを殴れるか心配だったけど)
それ以前に、こちらの攻撃を当てることが難しい。
「そんなものですか? じゃあ、私からもいかせてもらいますね」
様子を見ていたのは向こうも同じで、アキはにこりと微笑むと、一気に踏み込んできた。
「……っ!」
急いで後ろに退こうとしたが間に合わず、シャツの襟を強く引かれる。
前のめりになり、がくんと下がった首の後ろに腕を回されて、そのまま柔道の要領で床に引き倒された。
鈍い音をたてて転倒し、ミフユは呻く。
そこにアキが馬乗りになろうとしたところで、今度はミフユがワンピースの裾を引っ張ってアキを転がす。
だが、受け身をとられてすぐに腕の中から脱け出されてしまった。
「ママ、すごい」
アキが笑う。
お互い立ち上がって、またはじめと同じ距離をとりあった。
ミフユは、仔鹿のように軽やかな動きを見せる相手に、内心舌を巻く。
彼女と拳を交えることになったのは悲しかったが――それを考えずにおくと、純粋にこの対決に気が昂っている自分がいる。
「あんたもやるじゃない。
――やだな、ちょっと楽しくなってきちゃった」
「奇遇ですね。私もです」
こんな状況だというのに、二人とも笑みを浮かべていた。
だが、アキが顔を引き締めてきゅっと拳を握り直す。
「でも、ここは譲れません」
そして、素早くこちらの間合いに踏み込んでくる。
ミフユも笑みを引っ込めて、反撃の準備をした。
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