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・・・  「あのときの泣き虫が、立派になったもんだわ……」  重い蹴りを腕でいなして、距離をとる。  荒く息を吐きながら、ミフユは自分の前に立つアキを見据えた。  「ミフユさん、もう抵抗しないでください」  アキの方も息を切らしてはいたが、まだ動きにキレがあるぶん余裕がありそうだった。 ――それに比べて、こちらはというと。  (攻撃はほとんど喰らってないけど、それも時間の問題ね)  有段者を相手にするのは、そのへんの雑魚の群れを払うのとは訳が違う。  一手一手を見切るだけでも精神力が摩り減っていって、体勢を整えるのにも徐々に時間がかかるようになってきていた。  「私、まだ半分も本気を出してないんですよ。  ママを傷付けたくない。だから、お願い……」  切実な表情で訴えかけてくるアキに、頬を引きつらせる。  「やだわ。アンタみたいな仔鹿ちゃん、今までなら軽くあしらえてたんだけど。歳かしら」  「ママ、茶化さないで。お願い……」  「ここでやめるって選択肢はないの?」  気弱な顔をしていた彼女に、ぴりっとした緊張感が走る。  両手を握り締め、つぶらな瞳を輝かせて、しっかりと首を振った。  「それはできません。  私にできるのは、こんなことだけだから。  私の力があの人の役に立つのなら、いくらでも使う。  遥斗さんの――私が初めて愛した男の人の目的は、誰にも邪魔させません……!」  客観的に見れば、それはひどく間違ったことなのだろう。  犯罪幇助なりなんなりと、罪名がつく行為のはずで。  犯罪者を庇うアキは、とても間違っている。  (けれど……)  ミフユの顔に浮かんだのは、意外にも微笑だった。  「……ふふ。それでいいのよ」  意表を突かれた表情をしたアキに、ミフユは笑い続ける。  男にも女にもなりきれなくて泣いていた彼女が、男としての力を利用してミフユを打ち負かそうとしている。  恋人のために、一人の女として。  愛する相手のため、そこまで懸命になれる姿を見ていると、まぶしくなる。  「今のアンタいい顔してるわよ。いさましくて、可愛らしい」  (今回の恋は失敗だったとしても、この子ならきっと次は素敵な恋愛ができる。ううん、そうでなくちゃ)  一歩強く踏み出すと、アキがはっとして身構える。  が。  「だけどね――」  ミフユは、彼女が腕でガードを作るよりも先に、相手の領域に拳を侵入させていた。  ワンピースの襟元を掴んで、逆の手で腰回りの生地も鷲掴みにする。  残されていた力のほとんどを振り絞って、細い身体を宙に舞い上げた。  「ダメなことはダメっ!!」  「ぐっはぁ!」  どたりと床に落ちたアキは、まだ起き上がろうとする。それをもう一度抱えて投げ飛ばして、ミフユは最後のお説教をした。  「薬物バイヤーなんかの応援してちゃダメ!」  「ミフユさん……! 私はっ」 ――子の恋模様を黙って見守り、道を誤りそうになれば全力で止める。  今がそのときだとミフユは自分を叱咤した。  「それにっ!」  身体を起こすアキの腰を、後ろから抱き抱える。  アキの姿を見て気付かされたことを、ミフユは声を張り上げて伝えた。  「アタシが伊吹ちゃんを好きだって気持ちも! 負けてないわよ!!」  「くっ……! このっ」  抵抗するアキをねじ伏せる。  そして背中を大きく反らせて、ミフユは痛烈な最後の一撃を――華麗なまでのジャーマンスープレックスを、可愛い妹分に喰らわせたのだった。  「アタシは、アタシの大好きな人を助ける! 誰にも、邪魔はさせない――!!」

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