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 「……それで、アキはどうなった?」  体を離すと、伊吹はそう訊ねた。  ミフユがずっと気にかけてきた子を伊吹も気に留めていたのが嬉しくて、少し笑う。  「じつは、まだ落ち着いて話せてないの。  あの子は水無月と関係が深かったから、まだ事情聴取が続いててね」  「そうか」  「でも、伊吹ちゃんのとこへ行く前に決着はつけておいたから」  あのときのアキからは何も言葉を引き出せなかったけれど、きっと彼女はいずれ自分の前に現れてくれると確信している。  「またいつかアキちゃんのいるお店で飲める日が来るわよ」  ミフユがそう言うと、伊吹は神妙な面持ちで頷いた。  「そしたら、また店に顔を出す」  うん、と相槌を打つと、一時沈黙が落ちた。  (今が言うタイミングかしら)  ぴぃんと察したミフユが口を開いた瞬間、  「あのね伊吹ちゃ」  「それでな、如月」  伊吹も何かを考えていたらしく、二人同時に口を開くというベタな展開を迎えた。  「ごめん。伊吹ちゃんからどうぞ」  「いや、俺は別に後でも……」  「そう?」  気まずい空気になりながらまたベタなやりとりをして、ミフユがおずおずと喋りかけたところに、  「あれっ!? 意識が戻られましたか!」  担当医がガラリと扉を開けて入ってきて、二人揃って「あっ……はい」と返事をするしかなかった。  医師がバタバタと急いで引き返し、看護師を連れて戻ってくると、ミフユは診察の邪魔になってもいけないと席を立つ。  「そ、そろそろお暇しようかな。こっちの話は退院したときでいいわ」  「おー……俺もそれでいい」  お互い何かを言いかけたのだったが、決着はまた次の機会に持ち越しということになったのだった。 ・・・  それから数日後。  ミフユは朝から電車に乗って、ある場所へと赴いていた。  目的地は都心からやや外れた閑静な住宅街の一角。そこに、一際立派な日本家屋が建てられている。  「来ちゃったわね……」  訪問者が圧倒されるほどの重厚感を放つ数寄屋(すきや)(もん)の前に立ったミフユは、気後れしながらもそこのベルを鳴らした。  和風の建築にはいささか不釣り合いなそのインターホンの横には、堂々とした筆致で『大鳥(おおとり)』と木製の表札が掲げられている。 ――大鳥とは、鳳凰組トップの人物の姓である。  「姐さん。お待たせしました」  狗山に出迎えられ、大鳥の本邸へと足を踏み入れる。  (いつぶりかしら……ここに来るのは)  ミフユは狗山に付いて手入れの行き届いた庭園を進み、玄関から屋内へと上がる。  中庭に面した長い廊下を何度か曲がると、建物一番奥の和室の前に出た。  ここが大鳥組長の私室であり、彼が人と直接面談するさいに用いる場所である。  部屋と縁側とを仕切る障子は、いまは客を歓迎するように開かれていた。  「おう、来たか」  和室の奥に座っていた年嵩の男が、声を発してミフユを見上げた。

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