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そして何も言わないままズボンのポケットから煙草を取り出して咥えた。
「一本いるか?」
白い小箱を向けられ、ミフユは眉を寄せる。
「もう吸わないって決めてるの。美容の大敵だもの」
「そうかい」
失笑して箱を収めた伊吹の隣に並ぶ。
「ねえ、こないだ病院で言いそびれたことがあるんだけど」
「ああ」
伊吹は蓮の下を漂っている鯉を見下ろしながら、短く応える。向こうもミフユと同じ話をするつもりでいたらしかった。
ミフユはその横顔を眺めながら一つ深呼吸をして、話を切り出した。
「アタシ……あの日のこと、ずっと謝らなくちゃって思ってたの」
思い浮かべたのはあの路地裏での出来事だった。
年甲斐もなく泣き、感情的になってしまったことは思い返すだけで恥ずかしいが、詫びないわけにはいかない。
「無理やりあんなことして――自分勝手に怒ったりして、ごめん」
返事はない。
彼は目の前の池に視線を向けたまま、静かに紫煙を吐き出すだけだった。
こちらの言葉を待ってくれているのだと感じて、ミフユは意を決する。
――もう、逃げない。
その場の勢いとか怒りに任せてではなく、ちゃんとした気持ちを伝える。
伊吹を好きだったということ。
十年もずっと言えずにいたことを。
「それから、改めて言わせてほしい」
体ごと伊吹のほうを向き、ミフユはまっすぐその顔を見つめる。
「――アタシ、ずっと伊吹ちゃんのことが好きだった。
いつからかははっきり分からないけど、多分……きっと、何年も前から。
こんな気持ちを持ったまま『友達』って立場を利用して傍に居続けて、黙ってて……ごめんね。
本当は、もっと早く言わなきゃいけなかったのに」
伊吹はただ静かに煙をくゆらせる。
自分の言葉を否定も肯定もしない態度にほっとして、ミフユは心に決めていた台詞を口にした。
――声が震えないように、細心の注意を払いながら。
「だから、今日こそ終わらせよう!
もう思いきりフッちゃって! そうしたら、こっちも踏ん切りがつくから」
がばりと頭を下げて、未だ横を向いている伊吹に懇願する。
「ここでバッサリ振ってくんないと、きっともう一生諦めらんない!
おれはおまえを好きなことをやめられない。
だから――悪いけど、伊吹ちゃんが終わらせてください!!」
頭を上げないせいで、視界に映っているのは互いの靴と地面ばかりだ。それでいい。彼の顔を見ていられないから。
(あー……結果なんて分かってんのに。心臓やばいな)
思えば、今までの人生で本気で恋をしたのは、伊吹一人だった。
つまりミフユは、三十路手前にして初めて好きな相手に想いを告げていることになる。
中高生でもあるまいし――と思うけれど、実際心はその頃から変わっていないのかもしれなかった。
伊吹に想いを告げられずに燻っていた自分が、今もそのまま己の中にある。
そんな自分と、ようやく決別できる。
(やっと、この感情に決着をつけるときが来たんだ。……長かったなあ)
さあ――ひと思いに斬ってくれ、と。
ミフユは爆音で暴れる心臓を抱えて、頭を下げ続けていた。
ところが、
(あ……あれ。遅くね?)
いつまでたっても伊吹が振ってこない。
「……えっと。あの、伊吹ちゃん……?」
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